中国民法典の解説その①~契約編総論~
1 はじめに
2020年5月28日、第13期全人代大会第3回会議において、中国民法典が可決、公布され、2021年1月1日より施行されることになりました。
同法典は、従前中国において個別に制定されていた民法総則(民法总则)、物権法(物权法)、担保法(担保法)、契約法(合同法)、不法行為法(侵权责任法)、婚姻法(婚姻法)、相続法(继承法)の7つの民事法を一つの法律として統合、再編したもので、計1260条に渉る超ボリューミーな法律となりました。
上記7つの個別法のうち、民法総則は、それよりも以前に制定されていた民法通則(民法通则)に代わる法律として2017年3月に公布され、同年10月に施行された比較的新しいものであったのに対し、そのほかのものは物権法が2007年10月、担保法が1995年10月、契約法が1999年10月、不法行為法が2010年7月、婚姻法が2001年4月(直近の改正)、相続法が1985年10月にそれぞれ施行されたもので、いずれも既に施行されてから10年程度経過しているにもかかわらず、この間法改正はされておりません。しかし、この10年の間にも実務は次々と新たな変化を見せており、法律の内容が実務運用に追い付いていないという状況が続いていました。
この度、上記の各民事法が民法典として統合され、また、その内容についても最新の改正が加えられたことにより、全体として現在の中国における実務に対応ができるものになったと期待されます。
上記のとおり、民法典は1000条を超える大型の法律であり、これを全て解説、ご紹介することは難しいので、今回の民法典の制定において、修正、変更、追加されたような内容、中国ビジネス上知っておいた方が良いと思われる内容を中心として、複数回にわたって解説、ご紹介していきたいと思います。
初回の今回は、中国ビジネスをするにあたって、一番接点が多いと思われる民法典契約編、その中でも総論に関してです。
2 契約編総論
民法典は全7編で構成されていますが、その中の第三編が「契約」で、その第一分編が「通則」、第二分編が「典型契約」、第三分編が「準契約」となっています。
今回のエントリーでは、このうちの第一分編「通則」におけるポイントを解説していきます。
2-1 一般的規定
2-1-1 通則性の明確化
まず、契約編における規定は、民事関係の契約について適用されますが、従前の契約法上は、婚姻、養子縁組、監護等の身分に関する契約については、その他の法律の規定を適用する、と定めていました(契約法第2条第2項)。
これに対し、民法典においては、上記のような身分に関する契約については原則として身分関係に関する法律を適用するとしつつ、規定がない場合には、民法典契約編の規定を参照することができることを明記しました(民法典第464条第2項)。
これにより、民法典の契約関連規定が、一般民事関係だけでなく、身分法関係においても一定の参照性を持つことが明らかにされたといえます。
2-1-2 契約文言不一致の場合の解釈
契約が二つ以上の言語により作成され、且つ双方が同等の効力を持つと定められている場合に、文言が一致しないものがある場合の解釈について、契約法上は契約の目的をもって解釈すると規定していましたが(契約法第125条第2項)、民法典においては、契約の目的のほか、関連する条項、性質、信義誠実の原則等をもって解釈すると定め、契約解釈にあたっての考慮要素をより詳細にしました(民法典第466条第2項)。これらの考慮要素は、実際の契約解釈実務でも通常考えるべきものといえ、その意味で、契約実務に則した規定になったものといえます。
2-2 契約の成立
2-2-1 契約の形式
書面形式による契約について、契約法は、契約書、書簡及びデータ電文(電報、ファックス、電子データ交換及び電子メールを含む)等、有形的にその記載内容を表示可能な形式をいうと定めていました(契約法第11条)。これに対し民法典は、契約書、書簡、電報、ファックス等、有形的にその記載内容を表示可能な形式をいうとして、データ電文を書面形式からは除外すると同時に、電子データ交換、電子メール等、有形的にその記載内容を表示可能で、且つ、随時収集して使用可能なデータ電文は、書面形式と見なすとしました(民法典第469条)。もともとデータ電文を書面形式ととらえることに多少無理があったことから、データ電文については、書面と同等のものと扱うことを新たに確認し、尚且つ、そのようなデータ電文の要件として更に随時収集して使用可能であることを付け加えました。
2-2-2 申込みの誘引
申し込みの誘引の方法について、契約法は価格表の送付、競売広告、入札募集広告、株式目論見書(招股说明书)、商業広告等を例示していましたが(契約法第15条第1項)、民法典では、これらに加え債券募集要項、ファンド募集説明書、商業用の宣伝もこれに含めました(民法典第473条第1項)。
2-2-3 申込みの取消し
申込みの取り消しについて、契約法は、申込受領者が承諾の通知を発出する前に当該取消の通知が到達しなければならないとしていました(契約法第18条)。これに対し、民法典では、申込取消の意思表示が対話方式でなされた場合、当該意思表示の内容は申込受領者が承諾をする前に知っていなければならず、申込取消の意思表示が非対話方式でなされた場合、当該意思表示は申込受領者が承諾をする前に到達しなければならないとしました(民法典第477条)。
上記の民法典の規定からすると、まず申込取消が意思表示の一つであることが明確にされたといえます。そして、申込取消については、意思表示が対話形式でなされたか非対話形式でなされたかでその方法に違いが設けられ、対話にて取消をする場合には、必ずしも申込取消の通知までする必要はないこととなりました。他方で、申込取消(の通知)は、申込受領者が申し込みの「承諾」をする前に知っている(到達している)ことが必要であり、必ずしも「承諾通知の発出」をする前にしなければならないわけではないことになります。
その意味で、申込みの取り消しをするにも、そのタイミングが契約法に比べて前倒しにされたものといえますが、他方で、承諾をする前に申込取消を知っていた/到達していたことをどのように立証するのか、というのは考えてみるとやや困難があるようにも思われます。
2-2-4 契約の成立時点
契約法上、(申し込みに対する)承諾が効力を生じた時に契約が成立することとされていましたが(契約法第25条)、民法典上は、その例外として、法律に別途の定めがある場合又は当事者に別途の合意がある場合を追加しました(民法典第483条)。実際、契約の効力発生時期については、契約において当事者間が合意によって定めていることが多く、ある意味実務上は当然と考えられる内容ですが、これが法律上明確にされたものといえます。
2-2-5 新たな申込み
申込受領者が承諾期限を超過して発出した承諾について、契約法は、申込者が申込受領者に対して直ちに当該承諾が有効である旨を通知する場合を除き、新たな申込みと見なすとしています(契約法第28条)。他方、民法典については、申込受領者が承諾期限を超過して発出した承諾以外に、承諾期間内に発出した承諾が、通常の状況において直ちに申込者に到達しなかった場合も、新たな申込みと見なすこととしています(民法典第486条)。なお、申込者が申込受領者に対して直ちに当該承諾が有効である旨を通知する場合は除外している点は契約法と同様です。
2-2-6 確認書による契約成立
書簡、データ電文による契約締結をする場合、契約法上、契約成立前に確認書の締結を要求することができ、確認書を締結した時に契約が成立するという規定が置かれていました(契約法第33条)。これに対し民法典では、書簡、データ電文による契約締結をする場合に、当事者が確認書の締結を要求した場合には、確認書の締結をした際に契約が成立する、という内容に改めています(民法典第491条第1項)。内容自体に大きな変更があるわけではありませんが、あくまで当事者が確認書の締結を要求した場合には、確認書の締結により契約が成立する、という論理関係が明確にされたといえます。
これに加え、民法典は、当事者の一方がインターネットなどの情報ネットワークにて発布した商品又はサービスの情報が申込の条件を満たす場合、相手方が当該商品又はサービスを選択し、且つ、発注の提出が成功した場合、当事者間で別途の合意がある場合を除き、その時点で契約が成立することを規定しました(民法典第491条第2項)。この点は、近時EC取引が極めて活発になっている中、インターネット上での取引契約の成立時点に関して明確なルールを置くことを趣旨としたものであり、電子商取引法(电子商务法)第49条第1項の規定を踏襲し、民法レベルでの規範に引き上げたものといえます。
2-2-7 契約成立地点
契約法上、書面による契約締結をする場合には、双方当事者が署名又は押印をした地点が契約成立地点とされていました(契約法第35条)。民法典はこの点を更に詳細化し、最後に署名、押印又は指印を押した場所をもって原則として契約成立地点とする旨規定しました(民法典第493条)。契約法の規定では、各当事者が異なる場所で署名押印をした場合に契約成立地点がどこになるのかが不明であったところ、民法典では、そのような場合でも最後に署名押印等がなされた場所が契約成立地点となることが明確になったといえます。
なお、契約において当事者が合意管轄裁判所を定める場合、契約締結地を管轄する裁判所も管轄裁判所とすることが認められており(民事訴訟法第34条)、この点において、契約締結地を確定する意義があったりします。
2-2-8 国家計画による契約
契約法上、国家が必要に応じて指令的任務又は国家発注任務を命令した場合、関連する法人、その他の組織の間で、関連する法律、行政法規の規定による権利、義務に基づき契約を締結しなければならないとされていました(契約法第38条)。これに対し、民事法は、国家が救急措置、流行病防止又はその他の必要に応じて国家発注任務、指令的任務を命令した場合には、民事主体間で関連する法律、行政法規の規定による権利、義務に基づき契約を締結しなければならないとしました(民法典第494条第1項)。
上記は、今回の新型コロナウイルス流行に伴うマスクや防護服の買い上げなどが想定されていると思われ、将来も類似の流行病が発生した場合や、地震や洪水などといった自然災害が発生したような場合にも、本条に基づいた強制的な契約締結が発動されるものと想定されます。
民法典は、本条の趣旨を徹底する観点から更に、法律、行政法規の定める、申し込みを発出する義務を負う当事者は速やかに合理的な申込みを発出しなければならず、他方、承諾の義務を負う者については相手方の合理的な契約締結の要求を拒絶してはならない旨規定しました(民法典第494条第2項、第3項)。
2-2-9 フォーム約款
契約法上、フォーム約款(当事者が反復して使用するために予め制定し、かつ契約締結時に相手方と協議していない条項)を使用した契約締結について、合理的な方法により相手方に自己の責任を免除又は限定する条項について注意喚起しなければならないほか、相手方の要求に応じて当該条項について説明をしなければならないとされていました(契約法第39条第1項)。これに対し、民法典は自己の責任を免除又は軽減する等、相手方に重大な利害関係を有する条項について、提示をしなければならない、として注意喚起すべき条項の範囲を「相手方に重大な利害関係を有する条項」に拡大する一方、注意喚起ではなく提示をすれば足りるという形でバランスを調整しています(民法典第496条第2項)。
更に、フォーム約款を提供する当事者が、提示又は説明義務を履行しないことにより、相手方が、当該重大な利害関係を有する条項について意識又は理解することができなかった場合、相手方は当該条項が契約内容を構成しない旨主張することができる、という点も規定しました。特に消費者契約における消費者保護が期待されます。
2-3 契約の効力
2-3-1 無権代理による契約
無権代理人が、被代理人の名義で締結した契約で、被代理人が契約の義務を履行した場合又は関連する者の履行を受け入れた場合には、当該契約について追認したものと見なす旨の規定が民法典において新たに追加されました(民法典第503条)。
2-3-2 経営範囲を超えて締結した契約の効力
当事者が経営範囲を超えて締結した契約については、民法典の関連する規定に基づいて確定され、経営範囲を超えたことをもって契約は無効とすることはできない旨の規定が新たに追加されています(民法典505条)。経営範囲を超えた契約の効力をどのように解するかという点はこれまで明確な規定がありませんでした。民法典の規定をもっても、どのような場合に有効/無効と認定されるかという明確なルールが定まっているとはいえませんが、少なくとも、経営範囲を超え、無効であるとして債務を免れることは必ずしもできないことが明確になったといえます。
2-4 契約の履行
2-4-1 目的物の引き渡し時期
インターネット等で締結された電子的契約に基づく目的物の引き渡しで、且つ、クーリエによるものは、受領者がサインして受領した時間をもって引き渡しがなされた時間とすること、また、上記の電子的契約に基づきサービスの提供がなされる場合には電子証憑又は実物の証憑上記載された時間をもってサービス提供時間とし、もしもこれらに記載がない場合又は記載と実際のサービス提供時間とに齟齬がある場合には実際のサービス提供時間を基準とすることが明記されました(民法典第512条第1項)。もっとも、これは原則であり、当事者間で別途の合意がある場合には、それにしたがうことになります(同第3項)。
本規定は、民法典において電子的契約に関する関連規定を整備、拡充されたことに付随して追加された規定といえ、この内容は、電子商取引法第51条の規定を踏襲しています。
2-4-2 金銭債務
金銭の支払いが債務となっている場合の貨幣については、別途法律又は当事者の合意がない限りは、債務者の実際の履行地の法定貨幣をもって請求することができるとされています(民法典第514条)。この規定は、主としてクロスボーダーでの取引契約に関して想定したものと理解されます。
2-4-3 連帯債権、連帯債務等に関する規定
民法典では、新たに連帯債権、連帯債務を含め、債権者/債務者が複数の場合の法律関係に関する規定を定めました。
まず、債権者が複数いる場合で、債権が可分な場合、債権者は割合に応じて債権を保有すること、他方、債務者が複数いる場合で債務が可分な場合、債務者は割合に応じて債務を負担すること、そしてこれらの割合を確定することが困難な場合は同等の割合に応じて債権を保有/債務を負担することが明記されました(民法典第517条)。
これを前提としたうえで、全部又は一部の債権者のいずれもが債務者に対して債務の履行を請求することができるものを連帯債権、債権者が全部又は一部の債務者に対して全部の債務の履行を請求することができるものを連帯債務と定義しました(民法典第518条第1項)。
連帯債権について、債権者間の債権割合を確定させることが困難な場合には、連帯債権者間では同等の割合に基づいて債権を有し、実際に債務の履行を受けた債権者は、債権割合に応じて他の債権者に対して履行を受けた債務を返還するべきこととされています(民法典第521条)。
他方、連帯債務について、債務者間の負担割合を確定させることが困難な場合には、負担割合は同等とすることとされ、負担割合を超えて債務を履行した債務者の一部は、当該超過部分について他の債務者に対して求償でき、また、相応する債権者の権利を享受することが明記されました(民法典第519条第1項、第2項)。もし、求償請求を受けた債務者が当該部分を履行することができない場合には、他の債務者が負担割合に応じてこれに応じることとされています(民法典第519条第3項)。
連帯債権、連帯債務について、概念自体は従前からあったものの、負担割合や求償に関して明確なルールが置かれたといえます。
2-4-4 事情変更による契約変更
契約が成立した後、契約の基本となる条件に、当事者が契約締結当時予見することができなかった、商業リスク以外の重大な変化が生じた場合で、継続して契約を履行することが当事者の一方にとって明らかに不公平な場合、不利な影響を受ける当事者は、相手方との間で改めて協議をすることができ、合理的な期間内に協議が成立しない場合には、当事者は裁判所又は仲裁機関に対し、契約の変更又は解除を求めることができることが新たに規定されました(民法典第533条第1項)。
日本でいえば、いわゆる事情変更の法理に相当するものが法文化されたものといえます。上記規定の要件は抽象的なものであり、その適用対象は明確とはいえませんが、少なくとも事情変更による契約変更を要求する権利が認められたという点は、重要な意義を有しているといえます。
2-5 契約の保全
2-5-1 債権者代位権
契約法においては、債権者代位権行使の要件として、①債務者の債権の期限が到来していること、②債権を行使しないことにより、(債務者の)債権者に損害を与えること、③裁判所に対して請求をすること、が必要とされていました(契約法第73条第1項)。他方で、民法典では債権者代位権につき、「債務者がその債権又は当該債権の従たる権利の行使を怠り、債権者の既に期限の到来している債権の実現に影響する場合、債権者は裁判所に対して自己の名義で債務者の、関連する者に対する権利を行使することができる」として、債務者の債権の期限が到来していることは要求しておらず、他方で、債権者の既に期限が到来している債権の実現に影響を与えることを要件としています。また、債権者代位権行使の対象として、債務者の主たる債権のほか、従たる権利も含むことが明らかにされました(民法典第535条第1項)。その上で、関連する者は、債務者に対して有する抗弁を債権者に対して主張することができるという規定が新たに追記されました(同第3項)。
また、債権者の債権の期限が到来する前の時点において、債務者の債権又は当該債権の従たる権利の時効が間もなく満了するか、破産債権の速やかな届出がなされていない等の状況があり、債権者の債権の実現に影響する場合、債権者は関連する者に対し、債務者に履行するよう請求し、又は破産管財人に対して届出その他の必要な行為をすることができるとされています(同第4項)。この規定は、債権者の債権に係る期限が到来していることという債権者代位権行使の原則的要件の例外を認めたものといえます。
2-5-2 債権者取消権
契約法においては、債権者取消権について「債務者が自己の期限が到来した債権を放棄し、又は財産を無償で譲渡したことにより債権者に損害を与えた場合、債権者は、裁判所に対し、債務者の行為の取り消しを請求することができる。債務者が明らかに不合理な低価格で財産を譲渡し、債権者に損害を与え、且つ譲受人が当該状況を知っている場合も、債権者は人民法院に対し、債務者の行為の取り消しを請求することができる」として、詐害行為取消の対象となる行為について、①債権の放棄、②財産の無償譲渡、③明らかに不合理な低価格での財産譲渡の3つに限定し、また、③についてのみ債務者の相手方の悪意を要件としていました(契約法第74条第1項)。
これに対し民法典では、債権者取消権について、その類型を①「債権の放棄、債権担保の放棄、財産の無償譲渡等の方法で財産権益を無償で譲渡し、又は悪意で既に期限の到来している債権の期限を延長し、債権者の債権の実現に影響する」ものと、②「明らかに不合理な低価格で財産を譲渡し、明らかに不合理な価格で財産を譲り受け、又は他人の債務のために担保を提供する」もの、の大きく2種類に分類しています(民法典第538条、第539条)。いずれも、契約法に定める3つの詐害行為の類型を拡充、敷衍化しているものと考えられます。
②の類型については、債務者の相手方が詐害行為の事実について知り、又は知り得る場合に詐害行為取消の対象となっており、契約法に比べると、詐害行為の事実を「知り得る」場合にも取消の対象とされ、詐害行為取消の対象が拡大されたものといえます。
2-6 契約の変更、譲渡
2-6-1 譲渡禁止特約
契約法上、譲渡禁止特約に関する規定は特に置かれていません。これに対し、民法典ではこれに関する規定を置いています。具体的には、非金銭債権に係る譲渡禁止特約は善意の第三者に対抗することができないこと、金銭債権に係る譲渡禁止特約は第三者に対抗することができない、とされました(民法典第545条第2項)。
2-6-2 債権譲渡と相殺
債権譲渡がなされた場合の相殺の抗弁について、契約法上においては、債務者が債権譲渡の通知を受けた時に、債務者が譲渡人に対して有していた債権で、且つ債務者の債権に係る弁済期が、譲渡された債権よりも先に、又は同時に到来する場合には、債務者は相殺を主張することができることが規定されています(契約法第83条)。民法典は、これに加えて、債務者の債権と譲渡された債権が同一の契約に基づいて生じたものである場合も、相殺の主張をすることができるものとしました(民法典第549条第2号)。
2-6-3 併存的債務引受
契約法においては、日本の民法でいう免責的債務引受、又は併存的債務引受という明確な区分は法律の規定上は特にされていない。民法典も特にこのような呼称を定めているわけではないが、いわゆる併存的債務引受に相当する規定が置かれました。
すなわち、第三者が債務者との間で債務に加入することを合意し、且つ債権者に通知した場合、又は第三者が債権者に対して債務に加入することを表示し、債権者が合理的な期間内において明確に拒絶しない限り、債権者は当該第三者が負担することに同意した範囲内において債務者と連帯債務を負うよう請求することができるとされています(民法典第552条)。
なお、免責的債務引受に相当する内容の規定は特に置かれていません。
2-6-4 継続的取引における解除権
民法典においては、契約の法定解除事由として、新たに継続的取引に係る解除権に関する規定を定めました。すなわち、継続的な債務を内容とする不定期契約については、当事者はいつでも解除をすることができるものの、合理的な期間をもって相手方に事前に通知しなければならないものとされました(民法典第563条第2項)。
2-6-5 解除権の消滅時効
契約法上、契約の解除権の行使期間は法律の定め又は契約の定めによるというのが原則であり、当該期間内に解除権が行使されなかった場合には、解除権は消滅することとなります(契約法第95条第1項)。他方、法律、又は契約で解除権の期限について定めがなかった場合には、相手方が催告後合理的な期間内に解除権を行使しなかった場合には、消滅するとされています(同第2項)。
これに対し、民法典では、法律、契約で解除権の期限について定めがなかった場合について、解除権者が解除事由の存在を知り又は知り得た日から1年内に解除権を行使しなかった場合にも解除権は消滅する旨を新たに追加しました(民法典第564条第2項)。
2-6-6 解除の効力の発生時期
解除権を行使した場合に解除の効力が発生する時点について、契約法は原則として解除の通知が相手方に到達したとき、としています(契約法第96条第1項)。この点について、民法典はこれに加えて、通知において債務者が一定の期間内に債務を履行しなかった場合には自動的に解除される旨記載されており、債務者が当該期間内に債務を履行しなかった場合には、通知に記載された当該期間が満了した時点で解除の効力が生じる旨の規定を新たに追加しました(民法典第565条第1項)。
更に、当事者の一方が相手方に対して通知をせず、直接訴訟、仲裁を申し立てて契約の解除を主張し、裁判所や仲裁機関が解除に理由があると認める場合には、訴状又は仲裁申立書の副本が相手方に到達した時をもって解除の効力が生じる旨も追加しました(民法典第565条第2項)。
2-6-7 損害額の予定
契約法上、当事者は契約において違約金の約定又は手付金(中国語は「定金」)の合意をした場合、違約を受けた当事者は違約金又は手付金のいずれかを選択して損害賠償を請求することができるとされています(契約法第116条)。
これに対し、民法典は、上記の規定に加え、手付金が違約によって被った損害の回復に足りない場合には、手付金を超える部分についても損害賠償請求をすることができる旨を新たに追加しました(民法典第588条第2項)。手付金については、契約における主契約の目的金額の20%を超えてはならず、超過した部分については手付金は効力を生じないとされていることもあり、手付金だけでは損害の回復に足りないことが想定されます。今回の新規定は、そのような手付の損害回復機能を強化するものであると理解できます。
データセキュリティ法(草案)について
2020年7月3日付けで、全人代常務委員会は、データセキュリティ法(草案)(数据安全法(草案)、以下「本草案」)が公布され、パブリックコメントの募集が開始されています。
ネットワーク、データのセキュリティに関しては、先に施行されたサイバーセキュリティ法(网络安全法)でも一部規定が置かれていますが、データセキュリティ法はその名のとおり、データセキュリティに関する責任主体、データセキュリティ保護義務等についてその大枠を制定することを予定したものとなっています。本法は、サイバーセキュリティ法及び、今後制定されることが予想される個人情報保護法と共に、今後の中国におけるデータ保護の基礎となる法律となることが期待されています。
今回は本草案の概要について解説、紹介します。
1 適用対象、域外適用、データ活動監督管理に関する大枠
1-1 適用範囲
本草案は、中国国内におけるデータ活動に対して適用があることを明確にしていることに加え、中国国外における組織、個人がデータ活動を行い、中国の国家安全、公共利益、個人、組織の権利を侵害した場合には、法に基づき責任を追及することを認めています(本草案第2条)。この意味において、部分的に法律の域外適用も定めているといえます。
「中国国外における組織、個人がデータ活動を行い、中国の国家安全、公共利益、個人、組織の権利を侵害した場合」という要件が比較的抽象的な要件となっていますので、域外適用のなされる範囲が不明確となる恐れがあると思われます。
1-2 適用対象行為
上記のとおり、本草案はデータ活動に対して適用されますが、データ活動については、「データの収集、保存、加工、使用、提供、取引、公開等の行為」と定義されています(本草案第3条第2項)。
この点、来年より施行される民法典において、個人情報の処理行為につき、「個人情報の収集、保存、使用、加工、移転、提供、公開をすること」と定義しており(民法典第1035条第2項)、概ね一致した内容となっております。いずれについてもデータのライフサイクル全般に対する処理活動をカバーした内容になっていると理解されます。
1-3 データセキュリティ
1-3-1 データセキュリティの意義
本草案は、「データセキュリティ」の具体的な要求を定めており、必要な措置をとり、データが有効な保護と適用な利用の保障を受け、且つ、セキュリティ状態を維持する能力、と定義しています(本草案第3条第3項)。
現状、「GB/T 22239-2019 情報安全技術 ネットワークセキュリティ等級保護基本要求」(GB/T 22239-2019 信息安全技术 网络安全等级保护基本要求)において、「ネットワークセキュリティ」(网络安全)について、「必要な措置をとり、ネットワークへの攻撃、進入、干渉、破壊、不法使用及び事故を防止し、ネットワークを安定した、信頼可能な運営状態とし、ネットワークデータの完全性、秘密性、使用可能性を保障する能力」と定義していますが、上記本草案におけるデータセキュリティの定義は、これを敷衍した、法律レベルにおける定義といえそうです。
1-3-2 データセキュリティの管理監督に関する枠組み
本草案によれば、国家網信部がネットワークデータセキュリティ安全管理措置業務のとりまとめを行い、電信・金融・教育等各業界主管部門が当該業界のデータセキュリティ管理監督に対して責任を負い、公安機関・国家安全機関はそれぞれの職責の範囲内においてデータセキュリティ管理監督業務を行うこととされています。また、各地区、各部門は、当該地区・部門における業務上発生するデータ及びデータセキュリティに対して責任を負うことも明記されています(以上、本草案第7条)。
ただ、本草案の規定によると、業界や地域に応じて、データセキュリティ管理監督にバラつきが生じることも懸念されることから、全国の統一的な管理監督基準を設けるべきであるという意見も見られています。
2 データセキュリティとその利用
2-1 データセキュリティとデータ利用
本草案上、国家はデータセキュリティとデータ開発利用の促進を併存的な理念として謳っており、また、国家のビッグデータ戦略の実施、データ基礎施設の建設、データの各業界、領域におけるイノベーティブな利用の推進、デジタル経済の促進も、本法の目的として位置付けています(本草案第12条、第13条、第14条)。
データセキュリティと、データを利用した国家レベルでの産業発展を如何にして実現するかという点が大きな課題であり、データセキュリティ法の一つの目標といえるかと思われます。
2-2 基準化体系の建設
本草案では、国務院の基準化行政主管部門と関連部門が、データ開発利用技術、製品、及びデータセキュリティ関連の基準の制定、改訂を組織することが明記されています(本草案第15条)。
この点、国家基準化委員会が公布している「2020全国基準化業務要点」(2020全国标准化工作要点)においては、ブロックチェーン、IOT、新型クラウド、ビッグデータ、5G、新世代AI、新型スマートシティ、地理情報等の重点領域について基準体系を建設することが打ち出されており(同要点第55項)、データセキュリティ法の施行も合わせて、今後これらの先端技術に係る国家基準が制定されていくことが予想されます。
2-3 評価、認証等サービスの発展
本草案では、国家はデータセキュリティの評価、認証等サービスの発展の促進、専門機関による活動を奨励することが表明されています(本草案第16条)。
「ネットワーク重要設備とネットワーク安全専用製品安全認証実施細則」(网络关键设备和网络安全专用产品安全认证实施规则)、「モバイルネットワークアプリケーションセキュリティ認証実施細則」(移动互联网应用程序安全认证实施细则)といった現行の認証基準を前提として、データセキュリティの評価、認証を、ネットワークセキュリティとデータ保護評価体系の構成部分とすることが謳われているものと理解されます。
3 データセキュリティ保障制度の設計
本草案第三章においては、データセキュリティ保障制度の設計(データ分類、等級保護、重要データ保護リスト、データセキュリティリスクアラートシステム、データセキュリティインシデント処理システム、データ活動関連の国家安全審査に係る仕組み等)を中心とした規定が定められています。
3-1 データ分類・等級分類及び重要データ管理
データ分類・等級分類は、データセキュリティ管理業務の基礎となりますが、現行法上は法律上も部門規章等の行政法規上も、データの分類、等級分類に関する具体的な基準は定められていません。
本草案では、データが経済社会の発展において果たす重要度、一旦改ざん、破壊、漏洩、不法取得、不法利用された場合に、国家の安全、公共の利益等に与える危険の程度に応じて、データの分類、等級分類をすることを明確にしています(本草案第19条第1項)。そして、これを前提として、各地区、各部門が、当該地区、部門における重要データの保護リストを作成し、リスト掲載のデータについて重点的に保護すべきものとされています(本草案第19条第2項)。
近年では「工業データ分類・等級分類ガイドライン(試行)」(工业数据分类分级指南(试行))、「個人金融情報保護技術規範」(个人金融信息保护技术规范)といった各部門での指導性規範、業界基準が定められており、特定の分野においては、データ分類・等級分類に関する具体的な基準制定が試みられていますが、今後、法律、行政法規レベルでもデータ分類・等級分類に関するルールが制定されることが期待されます。
なお、サイバーセキュリティ法が施行されて以降、「重要データ」の範囲をどのように理解するかは法令上も明らかとされておらず、曖昧なままとなっています。
本草案上も「重要データ」の概念を使用しているものの、その範囲については特段定めておらず、重要データの範囲を明確にすることが待たれます。
3-2 データセキュリティリスクアラートシステム及びインシデント処理システム
サイバーセキュリティ法及び一部の関連法規、国家基準においては、サイバーセキュリティのモニタリング・アラートシステム、サイバーセキュリティのインシデント対応システム及びサイバーセキュリティ事故報告システム等について定めています。
これに対し本草案では、国家が集中的・統一的なデータセキュリティリスク評価、報告、情報共有、モニタリングアラートシステムを建設し、データセキュリティリスク情報の取得、分析、研究、アラート業務を強化すること、そして、インシデント処理システムを建設することが明記され(本草案第20条、第21条)、今後データセキュリティの方面における下位法令、国家基準が制定されていくものと思われます。
3-3 データ活動の国家安全審査システム
本草案上、国家は、国家の安全に影響する又は影響する恐れのあるデータ活動に対して、国家安全上の審査を行うことを定めています(本草案第22条)。
本草案では、上記の国家安全審査システムについてはこれ以上の内容は定められておらず、審査の対象となるデータ活動の範囲はかなり抽象的なままとなっています。 そのため、例えばデータの越境移転のような場面に限って適用するなど、その適用範囲が具体化されることが必要であると思われます。
3-4 データ活動の保護義務
本草案では、データ活動におけるセキュリティ保護義務について、以下のような具体的な内容を定めています。
- 健全な全過程におけるデータセキュリティ管理制度の建設、データセキュリティ教育の展開、相応の技術措置及びその他の必要措置を講じることによるデータセキュリティの保障(本草案第25条)
- リスク検測の強化、速やかな救済措置、データセキュリティ事件発生時のユーザーに対する速やかな告知及び主管部門への 報告(本草案第27条)
- 適法、正当な方法によるデータ収集、法令の定める目的、範囲内におけるデータ収集(本草案第29条)
これらの保護要求は、サイバーセキュリティ法におけるネットワーク運営者の負うサイバーセキュリティ及び個人情報保護安全義務の範囲を超えるものではなく、また、民法典における個人情報の処理に係る要求と一致したものといえます。
4 データモニタリングに関する制度
4-1 重要データ保護システム
上記のとおり、本草案上も「重要データ」の意義については、明確にされていませんが、その中で重要データに関して以下のような管理、保護システムについて規定をしています。
- 重要データの処理者は、データセキュリティ責任者及び管理機関を設立すること(本草案第25条第2項)
- 重要データの処理者は、そのデータ活動に対して定期的なリスク評価を行い、関連主管部門にリスク評価報告(当該組織の掌握している重要データの種類、数量、データの収集・保存・加工・使用の状況、直面しているデータセキュリティリスク及びその対応措置等を含む)を提出すること(本草案第28条)
- 国際義務の履行、国家安全に関連する管制事項に関するデータについては、輸出管理をすること(本草案第23条)
重要データのリスク評価及びその報告や輸出管理規制の具体的内容等も共に、今後これらを明確にする立法が待たれるところです。
4-2 データ取引及びオンラインデータ処理管理システム
本草案においては、国家は健全なデータ取引管理制度を建設し、データ取引行為を規範し、データ取引市場を養成することを定めています(本草案第17条)。
この点2020年3月に施行された「より健全な要素市場化配置システム、制度構築に関する意見」(构建更加完善的要素市场化配置体制机制的意见)においては、「データ」を新たな生産要素、デジタル経済発展における重要な要素として位置付けています(同意見(20)~(22))。
また、民法典においても、データ、ネットワークバーチャル財産を財物として保護することを明確にされています(民法典第127条)。
本草案は、このような近時におけるデータの価値、市場性を踏まえ、今後のデータ取引市場の構築、管理制度について国家がこれを建設していくことを表明したものといえます。
4-3 データの越境移転に対する管理監督
データの越境移転は、中国国内の企業の海外戦略に直接的な影響を与えるものであり、サイバーセキュリティ法が施行されて以降、データの越境移転に関する法制度化は実務上も非常に注目されているところです。本草案においては、データの越境移転については、以下のような関連規定を置いています。
- 国家は積極的にデータ領域の国際交流と提携を展開し、データセキュリティに関連する国際規則と基準の制定に参与し、データの越境セキュリティ、自由な流動を促す(本草案第10条)
- 如何なる国家又は地区の、データ及びデータ開発利用技術等に関する投資、貿易における中国への禁止的な禁止、制限又は類似的措置について、中国は実際の状況に基づいて、当該国家又は地区に対して相応の措置を講じることができる(本草案第23条)
- 国外の法執行機関が、中国国内に保存されたデータの取得を要求する場合、関連する組織、個人は、関連する主管部門に報告し、認可を得た上でなければ提供してはならない。中国が締結又は参加している国際条約、協定が国外の法執行機関によるデータ取得について関連する規定を定めている場合には、それに従う(本草案第33条)
上記のほか、前述のとおり、本草案上国際義務の履行、国家安全に関連する管制事項に関するデータについては、輸出管理をすることとされています(本草案第23条)。中国においては、「輸出管理法」(出口管制法)の制定が進められているところ、当該本草案の規定は、データ活動についても輸出管理関連法令が適用されることを明らかにしたものといえます。
また、国外の法執行機関によるデータ開示要求への開示対応に関する規定(本草案第33条)は、2018年にアメリカで施行された"Cloud Act"(Clarifying Lawful Overseas Use of. Data Act)に対して、中国の国家安全及びデータに対する主権を維持するための対抗的な規定であると理解されます。
もっとも、いずれにせよ、本草案のレベルにおいては、いずれの規定もあくまで大綱を定めたのみで、制度の詳細等は、今後の行政法規、部門規章等の下位法令の制定に委ねられているといえ、今後もデータセキュリティ法関連の立法には注目する必要があるといえます。
香港特別行政区国家安全維持法(草案)について
1 はじめに
2020年5月28日に第13期全人代第3回会議において、「健全な香港特別行政区の国家安全維持に関する法制度と執行システムの制定に関する決定」(全国人民代表大会关于建立健全香港特别行政区维护国家安全的法律制度和执行机制的决定)(以下「本決定」)が決議され、同日付けで公布、施行されました。本決定においては、全人代常務委委員会に対し、健全な香港の国家の安全を維持する法制度と執行システムの制定に関する法律の制定を授権し、全人代常務委員会はこれに基づいて立法権を行使することが規定されており(本決定第6条)、本決定の施行後、全人代常務委員会による香港国家安全関連法案の制定がなされることが予期されていました。
そして今般2020年6月17日、全人代常務委員会委員長は、全人代常務委員会法制工作委員会における法案制定状況に鑑み、これを全人代常務委員会にて審議するのに熟したものとして、「香港特別行政区国家安全維持法(草案)」(中华人民共和国香港特别行政区维护国家安全法(草案))(以下「本草案」)が全人代常務委員会での審議にかけられました。
本草案の具体的な条文については、その内容を確認することができませんが、報道によれば、全6章(①総則、②香港国家安全維持に関する職責と機関、③犯罪と処罰、④案件管轄、⑤法適用とプロセス、⑥中央人民政府の駐香港国家安全維持機関、⑦附則)、全66か条で構成されているとのことです。
以下では、全人代のウェブサイトから把握することができる本草案の概要を以下のとおりご紹介します。
2 本草案の概要
全人代のウェブサイトによれば、本草案については、大きく6つのポイントから整理されています。以下では、その6つのポイントにしたがって、本草案の概要をご紹介します。
2-1 中央人民政府の国家安全事務に関する根本責任の明確化と香港の国家安全維持憲制責任
- 中央人民政府は香港国家安全事務に対して根本的な責任を負っており、香港は国家安全維持の憲制上の責任を負い、国家安全維持に関する職責を履行しなければならない。香港の行政機関、立法機関、司法機関は関連する法令の規定に基づき、国家の安全を害する行為(以下「国家安全危害行為」)、活動を有効に防止、制止、処罰しなければならない*1。
- 国家主権の維持、統一、領土保全は、香港人を含む中国国民の共同の義務である。香港における如何なる機関、組織、個人も、本法及び香港の国家安全維持に関するその他の法律を遵守しなければならず、国家の安全を害する活動に従事してはならない。香港居民が公職に立候補又は就任するにあたっては、香港基本法を擁護する旨を確認又は宣誓する文書に署名しなければならず、香港に忠誠を尽くさなければならない。
- 香港は香港基本法の規定する国家安全維持立法を早期に完成させ、関連法を整備するものとする。
- 香港の法執行機関、司法機関は本法、香港の現行法における国家安全危害行為の防止、制止、処罰に関する規定を遵守し、国家の安全を有効に維持するものとする。
- 香港は国家安全維持とテロ活動防止業務を強化するものとする。学校、社会団体等、国家安全事項に及ぶ事項について、香港は必要な措置を講じるものとし、監督管理を強化するものとする。
2-2 香港の国家安全維持における重要法治原則の規格の明確化
- 香港の国家安全維持においては、人権を尊重、保障し、香港居民は香港基本法、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」に基づき、香港に適用される関連規定に基づき保持する、言論、新聞、出版の自由、結社、集会、旅行、示威行為の自由を含む権利と自由を保護するものとする。
- 国家の安全に危害を加える犯罪の防止、制止、処罰においては、法治原則を堅持するものとする。法律が犯罪行為と規定するものは、法定の罪によって処罰する;法律が犯罪行為と規定していないものは、罪として処罰してはならない。如何なる者も司法機関が有罪と判断するまでは推定無罪とする。犯罪被疑者、被告人、その他訴訟参加者は、法により弁護権その他訴訟上の権利を有する。司法プロセスにより有罪又は無罪が最終確定した如何なる者も、同一の行為について再び審理又は処罰されない。
2-3 健全な国家安全の建設に関する機関及びその職責の建設
- 香港は国家安全維持委員会を設立する。当該委員会は香港の国家安全維持に関する事務に対して責任を負い、国家安全の主要な責任を負い、且つ中央人民政府の監督と問責を受ける。
- 香港国家安全維持委員会は、行政長官が主席を務め、政務司司長、財政司司長、律政司司長、保安局局長、警務処所長、警務国家安全維持部門責任者、入管事務処処長、税関長官、行政長官弁公室主任を含むメンバーによって構成される。香港国家安全維持委員会には、秘書処を設置し、秘書長がこれを引導する。秘書長は、行政長官により指名され、中央人民政府による任命を受ける。
- 香港国家安全維持委員会の職責は、香港国家安全形勢の分析、研究判断を行い、香港国家安全維持政策を制定すること;香港国家安全維持に関する法制度と執行メカニズムの建設を推進すること;香港国家安全維持の重点業務と重大な行動に協力をすること。
- 香港国家安全維持委員会は国家安全事務顧問を設立し、中央人民政府がこれを任命する。香港の国家安全委員会の職責履行に関する事務に対して意見を提供する。
- 香港警務処(警察)は、国家安全維持部門を設置し、法執行の力量を配備する。
- 香港律政司は、専門の国家安全犯罪事案の監督部門を設置し、国家の安全に危害を加える犯罪の監督業務、その他関連する法律事務に対して責任を負う*2。
2-4 国家安全を害する犯罪(4類型)の明確化
本草案の第三章は、全部で6節に分かれ、以下の4つの犯罪行為に関する構成要件とその刑事責任、その他処罰規定及び効力の範囲について明確化した(以下()内は中文名)。
- 国家分裂罪(分裂国家罪)
- 国家政権転覆罪(颠覆国家政权罪)
- テロ活動罪(恐怖活动罪)
- 外国又は国外勢力と結託して国家の安全に危害を加える罪(勾结外国或者境外势力危害国家安全罪)
2-5 案件管轄、法適用及びプロセスの明確化
- 特定の状況がある場合を除き、香港特別行政区が本法の規定する犯罪行為に対して管轄権を行使する。
- 香港は、国家の安全に危害を加える犯罪に対する立案、捜査、起訴、審判、刑罰の執行等訴訟手続について管轄を有し、本法と香港現地の法律を適用する。香港の管轄する、国家の安全に危害を加える犯罪は、公訴手続に従うものとする。
- 香港警務処国家安全部門が、国家安全危害犯罪事案を処理する場合、香港における現行法が、警察等の法執行部門が重大犯罪の捜査をするにあたって認めている各種措置及び本法の規定する、関連する職権及び措置を講ずることができる。
- 香港特別行政区長官は、現職の又は資格を満たす前職の裁判官、区域法院裁判官、高等裁判所原訟法廷裁判官*3、上訴法廷裁判官*4及び終審法院裁判官から若干名の裁判官を指定し、又は暫定委任裁判官(中国語は「暂委法官」)*5、若しくは特別委任裁判官(中国語は「特委法官」)*6から指定し、国家安全危害犯罪事案を処理させることができる。
2-6 中央人民政府の駐香港国家安全維持機関の明確化
- 中央人民政府は香港において国家安全公署を設置し、中央人民政府駐香港国家安全維持公署(中国語は「驻港国家安全公署」)は法に基づいて国家安全維持の職責を履行し、関連する権力を行使する。
- 駐香港国家安全公署の職責は、①香港国家安全維持形勢の分析、研究判断をし、国家安全維持に関する重大な戦略と重大な政策について意見と提案を提出すること、②香港が国家安全維持の職責を履行することにつき監督、指導、協力、サポートをすること、③国家安全情報の収集分析、④国家の安全を害する犯罪事案の処理とする。
- 駐香港国家安全公署は、法に基づいて厳格に職責を履行し、法に基づき監督を受け、如何なる個人、組織の合法的権益を害してはならない。中香港国家安全公署の人員は全国性の法律を遵守しなければならないほか、香港の法律も遵守しなければならない。
- 駐香港国家安全公署は、香港国家安全委員会と協力メカニズムを構築し、香港国家安全維持業務の監督、指導を行うものとする。駐香港国家安全公署の業務部門と香港国家安全維持の法執行機関、司法機関は協力メカニズムを構築し、情報共有と行動上の協力を強化する。
上記のほか、本草案においては、駐香港国家安全公署及び国家の関連機関が、特定の状況下における案件管轄とプロセスについて明確な規定が定められていると報道されています。今の時点では、どのような事案に対してそのような権限が行使可能とされているのかは明らかではありませんが、特定の状況下は、極めて限定された国家安全危害犯罪行為にとどまり、中央政府の全面的な管治権の重要な体現が香港における国家安全法執行業務、司法業務に有利となり、香港基本法第18条第4項に定める緊急事態が出現すること又は出現させられるのを避けるのに有利となるような場面に限られると説明されています。
以上、非常に簡潔ですが、本草案の骨子について既存の報道に基づいてご紹介しました。近日中に全人代常務委員会にて可決され、法案が確定するとも言われておりますので、また動向があり次第折を見てご紹介していきたいと思います。
*1:憲制とは、中国の特別行政区において、中国憲法と基本法の定める特別行政区の制度のことをいい、憲制上の責任とは、憲制における主体が憲法と法律の定める責任を履行し、憲制において確立した政治関係上の秩序を維持し、憲制秩序を破壊する行為を防止、制止、是正することをいうとされています。
*2:律政司とは、政府その他の政策局、部門に対する法律意見を提供、法律プロセスの中における政府の代表、政府条例草案の制定、起訴の決定、法治のプロモーション等を担う、行政政府の法律事務を司る機関をいいます。
*3:高等裁判所原訟法廷(高等法院原讼法庭)は、香港高等裁判所を構成する法廷の一部で、高等裁判所を第一審とする事件を審理する法廷を指します。
*4:上訴法廷(上诉法庭)とは、香港高等裁判所の法廷のうち、上訴事件を取り扱う法廷を指します。
*5:暫定委任裁判官とは、高等裁判所原訟法廷又は区域裁判所の裁判官に空席が生じてしまった場合に、暫定的に任命される裁判官のことをいいます。
*6:特別委任裁判官とは、弁護士資格を持つ者又は法律業務の経験が豊富な者から選出することができ、一般的な案件を専門的に処理する裁判官のことをいいます。
中国の著作権法改正について
今年の4月30日、中国全国人民代表大会常務委員会は、著作権法の改正案草案(以下「本草案」)を公布し、同年6月30日までの2か月間に亘る公衆からの意見募集を開始しました。中国の著作権法は1991年6月に施行されて以降、2001年、2010年と、約10年おきに改正がなされており、今回も同様10年ぶりの改正がなされるものと見込まれています。
本草案おいては、かなり多岐に亘る改正がなされていますが、今回はその中でも比較的重要と思われるポイントを紹介しようと思います。
1 「視聴覚作品」という概念の導入
現行の著作権法(以下「現行法」)においては、著作権法上の保護を受ける対象となる作品の1つとして、「映画作品及び映画の撮影製作に類する方法により創作された作品」(以下「映画等作品」)が掲げられていますが(現行法第3条第6号)、本草案では、これを「視聴覚作品」(中国語は「视听作品」)という表記に改めました。
本草案においては、「視聴覚作品」の定義を特段定めていないものの、文字通り、視聴覚を通じて感得することができる連続的画面、を指すという理解されます。近時、例えばTik Tok等に代表されるアプリによって作成されるショートムービーや、ユーザーによるゲーム画面の中継等が広く普及し、一般的なものとなりましたが、これらが映画等作品に属するのかといえば、微妙なものもあり、このような作品をどのような属性の作品と理解して保護するか、あるいはそもそも保護される作品なのかについては判断が分かれていました。
上記のようなショートムービーについて、映画に類する方法により創作された作品と認定した近時の裁判例もあるものの、今後「視聴覚作品」という概念が導入されることにより、こういった動画等も、無理なく作品として保護されるということができると思われます。
他方、本草案上は、視聴覚作品のほかに、現行法上も存在する「撮影による作品」も引き続き作品として残しており、そうすると撮影作品と視聴覚作品をどのように線引きするかのは検討事項として残るといえそうです。
2 放送権の権利内容の変更
本草案では、著作権の支分権である「放送権」(中国語は「广播权」)の定義が以下のように変更されました。
現行法 |
本草案 |
無線方式によって作品を公開で放送又は伝達し、有線伝達又は中継方法によって公衆に放送の作品を伝達し、及び拡声器又はその他の信号・音声・画像を伝送する類似の手段を通じて公衆に放送の作品を伝達する権利 |
有線方式又は無線方式によって作品を公開で放送又は中継し、及び拡声器又はその他の信号・音声・画像を伝送する類似の手段を通じて公衆に放送の作品を伝達する権利 |
現行法上、放送権により保護されるのは、①無線方式による作品の公開放送又は伝達、②有線伝達又は中継方法による放送作品の伝達、③拡声器又はその他の信号・音声・画像を伝送する類似の手段を通じた、包装作品の公衆への伝達の3つの行為です。
この定義からは、作品の放送行為については、無線によるものしか保護されず、また、放送作品の中継による伝達は有線方式によるものしか保護されてないことになります。しかし、現行法の放送権の定義は伝統的な無線放送を念頭に置いたものであり、近時のインターネットの発展や、トリプルプレイは想定されておらず[6]、そのため、近時では主流となっているネットワークを通じたコンテンツの放送(例えば、インターネット上でのテレビ番組の放送)については、現行法の定義上は放送権の保護の対象とならないことになります。
有線又は無線ネットワークを通じた作品の提供に関しては、別途情報ネットワーク伝達権(中国語は「信息网络传播权」)が保護していますが、これはあくまで公衆が自ら選ぶ時間と地点において、作品にアクセスすることを可能とする権利であり、動画配信サイトにおける作品の提供・視聴などが想定されているので、有線での作品や番組の(一方的な)放送行為はやはり保護の対象外となります。
このような時代と技術の変遷に伴い、放送権の内容を見直す必要が生じたことに鑑み、本草案では放送権の定義を変更しました。本草案の定義によれば、有線方式又は無線方式による作品の公開放送又は中継が全て放送権の保護対象に含まれたことになります。
また、本草案における放送権の定義の変更により、ネットワークを通じた作品の提供という点で類似する情報ネットワーク伝達権とは、一方的な作品の放送か、(ユーザーによるアクセスを要する)双方向的な作品の放送か、という点で区別されることになると考えられます。
3 共同作品に係る権利行使について
現行法上、共同作品の権利行使については、「二人以上の者が共同で創作した作品の著作権は、共同著作者によって共有される」と規定されるのみで(本草案第13条第1項)、下位法令である著作権法実施条例において「共同作品が分割して使用できない場合、その著作権は各共同作者が共有し、協議の合意により行使する;協議で合意できず、かつ正当な理由がない場合は、いずれの当事者も、他の当事者が譲渡以外のその他の権利を行使することを妨げてはならない」と若干具体化した規定が置かれているにとどまります(著作権法実施条例第9条本文)。
しかし、どのような作品が分割使用の可能なものなのか、という点の判断は必ずしも容易ではなく、協議による共同作品の著作権行使をすることの前提として、作品の分割不能を要求すること自体が適切ではないという考え方が根強く存在していました。
これを受け、本草案では、上記著作権法実施条例の規定の文言を若干修正し、以下のような規定を置きました。
著作権法実施条例 |
本草案 |
共同作品が分割して使用できない場合、その著作権は各共同作者が共有し、協議の合意により行使する;協議で合意できず、かつ正当な理由がない場合は、いずれの当事者も、他の当事者が譲渡以外のその他の権利を行使することを妨げてはならない |
二人以上の者が共同で創作した著作物の著作権は、共同著作者によって共有され、協議をして合意の上で行使される。協議をしても合意できず、かつ、正当な理由がないときは、いずれの当事者も他の当事者が譲渡、他人に対する専用利用の許諾、質権設定以外の権利を行使することを妨げてはならない |
これにより、作品の分割の可否にかかわらず、共同作品にかかる権利行使は、原則として当事者間の協議によることが明確にされたといえます。
4 美術等作品の譲渡と公表権
現行法上、「美術等」の作品の原本にかかる所有権の移転は、著作権の移転とはみなさないが、「美術」作品の原本にかかる展示権は、原本の所有者が保有すると規定されています(現行法第18条)。これに対して、本草案では、この規定について、作品の原本にかかる所有権の譲渡は、著作権の帰属を変更しないが、「美術及び撮影」の作品の原本にかかる展示権は、原本の所有者が享有する、という規定に改められました。
所有権の譲渡により著作権の帰属が左右されない対象について、「美術等」作品から、作品一般に拡張されたほか、原本、現物所有者が展示権を保有する対象となる作品が美術作品に加え、撮影作品が追加されたといえます。
さらに、作者が、未発表の「美術及び撮影」の作品の原本の所有権を他人に譲渡し、譲受人が当該原本を展示する場合、作者の公表権を侵害しないという規定が新たに追加され(本草案第18条第2項)、未発表の美術、撮影作品の譲受人がこれを展示することについて、展示権だけでなく公表権も侵害しないことが明確にされたといえます。
5 懲罰的損害賠償責任等
5-1 損害額の算定
著作権、著作隣接権が侵害された場合、侵害者は損害賠償責任を負いますが、損害額を算定することが困難な場合、現行法上は権利侵害者の不法所得に応じて損害賠償をすることができ、損害額の算定及び権利侵害者の不法所得の確定をすることができない場合には、裁判所が情状に応じて50万元以下の賠償額を決めることができるとされています(現行法第49条第1項、第2項)。この点について本草案は以下のような変更を加えている(本草案第53条第1項、第2項)。
変更点① |
損害額、権利侵害者の不法所得の算出が困難であるときは、当該権利許諾使用料の倍数に応じて損害賠償を行うことも可能。 |
変更点② |
損害額、権利侵害者の不法所得、権利許諾使用料の算出が困難な場合、裁判所が情状に応じて500万元以下の損害賠償額を決めることが可能。 |
損害額、不法所得のいずれの算定も困難な場合、現行法上は裁判所が50万元以下の賠償額を決めることになりますが、本草案では、侵害されている権利のライセンス料を基準にした損害額の算定をすることも認めた形となります。
このようなライセンス料を基準にした損害算定規定は、特許法や商標法にも置かれており(特許法第65徐う第1項、商標法第63条第1項)、本草案もこれらに合わせたものといえます。そして、ライセンス料を基準にしても損害額の算定が困難な場合には、裁判所が情状に応じて500万元以下の賠償額を決めることが可能となり、現行法に比べて損害額の上限が10倍に引き上げられました。
5-2 懲罰的損害賠償
本草案では、著作権又は著作隣接権を故意に侵害し、情状が重大な場合、確定された金額(権利侵害者の不法所得、ライセンス料を基準にして算出された金額)の1倍以上5倍以下の損害賠償を行うことができる、として懲罰的損害賠償制度を規定しています(本草案第53条第1項)。懲罰的損害賠償は、商標法や不正競争防止法においても導入されているところ(商標法第63条第1項、不正競争防止法第17条第3項)、著作権法にもこれが導入されるものといえます。
なお、商標法、不正競争防止法においては、侵害者の「悪意」(≒害意)による営業秘密侵害行為や商標権侵害行為が必要とされているのに対し、本草案では、侵害者の「故意」のみを要件としている点も注目されます。
以上、中国著作権法改正案の草案について簡単にご紹介しました。
今後、正式に施行される内容は、草案の内容から多少の変動があるかと思われますので、公布・施行されたものについては、別途ご紹介したいと思います。
香港国家安全法について
昨日5月22日に北京にて開幕した全国人民大会において、「香港版国家安全法」の制定に関する審議が開始されたという報道が大々的になされましたが、各国メディアが「香港の終わり」と悲観的なトーンでこれを報じているようにみえます。
もっとも、昨日の全人代において、この制度に関して一体どのような内容なのか、どのような趣旨なのか、といった点の説明はあまりなされていないように見えますので、全人代常務副委員長、王晨による説明内容(以下「本説明」)を掻い摘んで、あくまで法律の観点からご紹介したいと思います。
昨日の全人代で何が決まったのか
まず、昨日の全人代で「香港国家安全法」という法律が制定されたわけではありませんし、そもそも香港国家安全法という名称の法律を制定することが決まったわけでもありません。
昨日の全人代にて審議の議題に挙げられたのは、「健全な香港特別行政区の国家安全維持に関する法制度と執行システムの制定に関する決定(草案)」(全国人民代表大会关于建立健全香港特别行政区维护国家安全的法律制度和执行机制的决定(草案)、以下「本決定草案」又は「本決定」)についてです。これは、あくまで大綱的な決定で、詳細な内容について何か決められているわけではありませんし、尚且つ、今の段階ではまだ草案であり、最終決定版でもありません。
ちなみに「…制定に関する決定」という法令の名称になっていますが、全人代においてこれが決議されれば、法的には「法律」としての性質になるものと理解されます。
本決定草案の内容
本決定草案の内容原文を直接確認することはできませんが、本説明によれば、本決定草案は全7ヶ条によって構成されており、概要は以下のようです(多少の誤訳はご容赦ください)。
第1条
- 一国二制度、「香港人による香港の統治」、高度自治方針は堅持し、全面的に的確に徹底すること。
- 必要な措置により健全な香港の国家安全維持に係る法制度と執行システムを制定し、国家の安全に危害を加える行為と活動を防止、制止、処罰すること。
第2条
いかなる外国、国外勢力の、いかなる方法による香港の事務に対する干渉を反対し、そのために必要な措置をとること。
第3条
- 国家主権の維持、統一、領土保全は香港の根本的な責任であることを明確にすること。
- 香港は、香港基本法が規定する国家安全維持に関する立法を速やかに完成させ、香港の行政機関、立法機関、司法機関は関連規定に基づいて、国家の安全に危害を加える行為に対し、有効な防止、制止、処罰をすること。
第4条
- 香港は、健全な国家の安全を維持する機関及び執行システムを制定すること。
- 中央人民政府の国家安全に関する機関は、必要に応じて香港において機関を設置し、法により、国家安全に関する職責を履行する。
第5条
香港の行政長官は、香港の国家安全職責の履行、国家安全の推進教育、法による国家の安全に危害を加える行為の禁止等の状況について、定期的に中央人民政府に報告すること。
第6条
全人代常務委員会の立法の持つ根本的意義の明確化、具体的には以下の3つの意味を持つ。
- 全人代常務委委員会に対し、健全な香港の国家の安全を維持する法制度と執行システムの制定に関する法律の制定を授権し、全人代常務委員会はこれに基づいて立法権を行使する。
- 全人代常務委委員会の関連法の任務は、香港内におけるいかなる国家分裂、国家政権の転覆、テロ活動の組織・実施等、国家の安全を著しく害する行為の発生及び外国、国外勢力による香港の事務活動への干渉の防止、制止、処罰をすること。
- 全人代常務委員会の関連法の香港における実施方法は、すなわち全人代常務委員会が当該法律を香港基本法の別紙三に付け加え、香港特別行政区により当地にて公布施行すること。
第7条
本決定は公布日から施行すること。
香港基本法との関係
香港基本法の関連規定
香港がイギリスから中国に返還されるにあたり、香港と中国本土との関係を含む香港特別行政区に関する事項を定めた香港特別行政区基本法が制定されています。上記で言及されている香港基本法とはこれのことを指します。これは1997年7月1日の返還日から施行されていますが、制定自体はその7年以上前の1990年4月の時点でなされています。
香港基本法においては、上記のとおり香港と中国本土との関係が規定されているわけですが、その中でいくつか掻い摘んでみます。
基本法第12条
香港は、高度な自治権を持つ中華人民共和国の地方行政区域一つであり、中央人民政府が直轄する。
基本法第14条
- 中央人民政府は香港の防衛事務の管理に責任を負う。
- 香港特別行政区政府は、香港の社会治安維持に責任を負う。
- 中央人民政府が香港に派遣し、防衛事務の責を負う軍隊は、香港の地方事務に干渉してはならない。
- 香港特別行政区政府は、必要に応じて中央人民政府に対して駐在軍に社会治安の維持、災害救助への協力を求めることができる。
- (略)
基本法第18条
- 香港において施行される法律は、本法及び本法第8条に規定する香港原有の法律及び香港の立法機関において制定される法律である。
- 全国性の法律は、本法別紙3に規定されたものを除き、香港においては施行しない。本法別紙3に規定された法律は、香港が当地において公布又は立法のうえ施行する。
- 全人代常務委員会は、香港基本法委員会と香港特別行政区政府に意見を聴取した上、本法別紙3の法律について増減することができる。別紙3に掲げられる法律は、国防、外交、その他本法の規定に基づき、香港の自治範囲に含まれない法律に限る。
- (略)
基本法第23条
香港は、いかなる国家反逆、国家分裂、反乱の扇動、中央人民政府の転覆、国家機密の盗難を禁止する法律を自ら制定し、外国の政治組織又は団体が香港において政治活動を行うことを禁止し、香港の政治組織又は団体が、外国の政治組織又は団体と接触連絡関係を持つことを禁止するものとする。
香港基本法と本決定との関係
上記のとおり基本法第23条は、香港における国家安全維持に関する法制度は香港政府が自ら制定すべきとして、香港政府の責務と位置付けています。これは、本決定草案第4条においても確認されており、この点は香港基本法に沿う内容であるといえます。
また、基本法第18条は、中国政府の定める全国性の法律については、原則として香港では施行しないとしつつ、例外的に別紙3に掲げられた法律(国防、外交、その他本法の規定に基づき、香港の自治範囲に含まれない法律)については香港にも適用可能であり、そのような法律については、香港基本法委員会と香港特別行政区政府に意見を聴取した上で全人代常務委員会がこれを増減することができるとしています。
そのため、全人代常務委員会としては、同委員会の内部組織である香港基本法委員会(香港基本法委員会についてはこちら)と香港政府に意見を聴取さえすれば、理論的には基本法別紙3の内容を改変することができるということになり、少なくとも香港基本法上は、香港の立法機関の関与は必ずしも必要ではないといえます。
本決定草案第6条の3つ目のポイントにて「香港基本法の別紙三に付け加え」とされているのは、基本法第18条の規定を受けた内容といえます。
なお、本決定草案第6条では、外国、国外勢力による香港の事務活動への干渉の防止、制止、処罰も念頭に置いています。香港基本法第23条においては、外国の政治組織又は団体の香港での政治活動、香港の政治組織又は団体と、外国の政治組織又は団体との接触連絡関係を持つことを禁止するにとどめているのをより深化させているといえます。主に欧米諸国が香港情勢をネタとして中国を揺さぶり続けていることに対する反対表明といえるでしょう。
結局何が問題なのか
上記のとおり、本決定草案の内容自体は、香港基本法の内容と齟齬するものではなく、香港政府の意見聴取を行うという手続も問題なく行われれば、それ自体、そしてこれを制定しようとすること自体は、法令上はそこまで問題ではないといえます。
問題点は、基本法別紙3に加えられるのは、あくまで国防、外交、香港自治に関わらない内容に限られているところ、本決定により規制される目下のターゲットと考えられる香港の民主化デモが、本当に、国家分裂、国家政権の転覆、テロ活動の組織・実施等、国家の安全を著しく害する行為として、「国防」に関する事項又は「香港自治にかかわらない」事項と整理して良いのか、という点ではないかと思います。
本決定草案が審議にかけられた背景について、本説明は大まかに、上記のとおり基本法第23条に基づいて、香港政府は国家安全に関する法制度を自ら制定すべきものとされているにもかかわらず、中国への返還後20年以上経った今も、様々な妨害等を受けて制定されていないこと、また、香港における国家安全を維持するための機関設置、リソースの配分、法執行の力量等が明らかに足りておらず、このような状態を放置することにより、国家の安全を損なう各種の活動が益々活発化し、香港の安定、繁栄に対する看過不能なリスクが生じ続けていることを挙げています。
香港デモ隊のやっている暴徒行為はたしかに過激に過ぎ、国家分裂云々ということも理解できる一方、それに至る背景を考えると果たしてそれを国家分裂等を促す行為と言って良いのかという点は、悩ましいところであり、本決定に基づいて立法をすれば、結局、一国二制度自身が持つ矛盾と歪みを解決できないままで終わってしまう可能性が高いのように思われます。
ちなみにですが、現在別紙3に加えられている法律は、今の時点では以下のとおりです。
- 中華人民共和国国都、紀年、国家、国旗に関する決議(关于中华人民共和国国都、纪年、国歌、国旗的决议)
- 中華人民共和国国慶日に関する決議(关于中华人民共和国国庆日的决议)
- 中央人民政府の公布する中華人民共和国国章の命令(中央人民政府公布中华人民共和国国徽的命令)
- 中華人民共和国政府の領海に関する声明(中华人民共和国政府关于领海的声明)
- 中華人民共和国国籍法(中华人民共和国国籍法)
- 中華人民共和国外交特権と免除条例(中华人民共和国外交特权与豁免条例)
これを見ると、この別紙3に香港における国家安全関連法令が入ると、何となくですが、既存の6つの法令とは少し毛色が違うかな~という印象はなくはないですね。
中国の国家機関その5(人民法院)
前回から少し間が空いてしまいましたが、前回監察委員会に続き、今回は中国の裁判所、「人民法院」についてご紹介したいと思います。
1 人民法院の組織構成
以上の図のとおり、中国の人民法院は、最高人民法院を頂点として、その下位に地方各級人民法院と専門人民法院が設置されています。
2 最高人民法院
最高人民法院は、憲法上、最高の裁判機関としての地位を与えられており(憲法第132条第1項)、地方各級人民法院及び専門人民法院の裁判活動を監督する役割が課されています(憲法第132条第2項)。
2-1 最高人民法院の管轄
最高人民法院は、以下の事件を管轄することとされています(人民法院組織法(人民法院组织法、以下「組織法」)第16条)。
- 法律にその管轄が定められている第一審事件及び自らが管轄すべきと判断する第一審事件
- 高級人民法院の判決及び裁定に対する上訴事件及び抗訴事件
- 全人代常務委員会の規定に基づいて提起された上訴事件及び抗訴事件
- 裁判監督手続に基づいて提起された再審事件
- 高級人民法院が承認を求める死刑事件
2-1-1 法律にその管轄が定められている第一審事件及び自らが管轄すべきと判断する第一審事件
第1号にいう「法律にその管轄が定められている第一審事件」とは、例えば民事訴訟、刑事訴訟については、それぞれ「全国的に重大な影響を及ぼす事件」(民事訴訟法第20条第1項)、「全国的な重大刑事事件」(刑事訴訟法第23条)と定められています。ただ、これらの要件の該当性の判断基準については必ずしも明らかではありません。過去の最高人民法院の判決理由においては、訴額が一つの重大な判断要素である旨が述べられています。
また、「自らが管轄すべきと判断する」事件についても第一審裁判所としての管轄を有することになっていますが、規定だけを見れば広範な裁量が認められているようにみえます。ただ、実際に同規定に基づいて最高人民法院が第一審裁判所として行った裁判の実例は少ないようです。中国の民事訴訟、刑事訴訟共に原則として二審制が採られているところ(民事訴訟法第10条、刑事訴訟法第10条)、最高人民法院が第一審となると、それがすなわち終審となり、二審制の原則が損なわれてしまいます。そのため、最高人民法院が第一審となることには謙抑的であるべきといえます。
2-1-2 高級人民法院の判決及び裁定に対する上訴事件及び抗訴事件
第2号にいう「抗訴事件」ですが、これは、人民検察院が人民法院の下した判決、裁定について誤りがあると判断する場合に、再度の審理を要請して行われる審理のことをいいます。対象となるのは、刑事事件だけではなく、民事事件、行政事件等も含まれます。
ただ、刑事事件における抗訴は、日本でもいういわゆる上訴を意味するのに対し、民事事件や行政事件における抗訴は、必ずしも上訴の意味合いを有しません。なぜなら、前者は人民検察院が訴訟における当事者としての地位を有しているのに対し、後者の場合には、元々は訴訟の当事者ではなく、あくまで訴訟当事者から人民検察院に対する抗訴の申立てを行うことによって行われ、元々の訴訟における人民検察院の立場が異なるからです(刑事事件において、被告人、その法定代理人等が原判決に不服がある場合に行うのが「上訴」、検察官が行うのが「抗訴」と呼称が分けられています)。
2-1-3 全人代常務委員会の規定に基づいて提起された上訴事件及び抗訴事件
第3号に規定している「全人代常務委員会の規定にしたがい提起された上訴事件及び抗訴事件」にいう「全人代常務委員会の規定」とは、例えば「全人代常務委員会の特許等知的財産権案件訴訟手続の若干問題に関する決定」(全国人民代表大会常务委员会关于专利等知识产权案件诉讼程序若干问题的决定)があります。
2-1-4 裁判監督手続に基づいて提起された再審事件
第4号にいう、「裁判監督手続」とは、いわゆる再審のことをいい、既に効力を生じた判決、裁定について、再度審理を行う手続となります。上記で紹介した抗訴との比較でいえば、主として、再審は既に効力の生じた判決、裁定に対する不服申し立て、抗訴は未だ効力の生じていない判決、裁定に対する不服申し立てという点で大きな区別があります。
2-1-5 高級人民法院が承認を求める死刑事件
死刑は、最高人民法院が判決する場合を除き、最高人民法院に対して報告して承認(中国語は「核准」)を得なければならないことが明文で規定されています(組織法第17条)。上記第5号は正にこれを反映した規定であるといえます。
2-2 解釈権限
最高人民法院には、裁判活動における具体的な法律適用に属する問題について解釈すること、また、指導的事例(指导性案例)を公表することができるとされています(組織法第18条)。
前者はいわゆる司法解釈の制定権限で、司法解釈については以前の記事でご紹介しましたのでこちらをご覧ください。
指導的事例というのは、既に法的効力の生じ、且つ、以下の条件を満たす案件を満たす事例をいいます(最高人民法院の事例指導業務に関する規定(最高人民法院关于案例指导工作的规定、以下「事例指導規定」)第2条、(「最高人民法院の事例指導業務に関する規定」実施細則(《最高人民法院关于案例指导工作的规定》实施细则、以下「事例指導規定実施細則」)第2条)。
- 広く社会からの注目を得ていること
- 法律の規定が比較的原則的なものであること
- 典型性を有していること
- 複雑難解又は新しい類型であること
- その他、指導的作用を持つ事案であること
- 認定事実が明確であること
- 正確に法律を適用していること
- 裁判の説得力が十分であること
- 法的効果と社会的効果が良好であること
- 類似の案件を審理するのに普遍的な指導意義を有していること
各級人民法院が審理している案件において、基本的な事情、法律適用関係が指導的事例と類似している場合には、指導的事例の裁判要点を参照して裁判を行うべきこととされており(事例指導規定実施細則第9条)、その意味で、先例性のある裁判規範として位置付けられているといえます。
2-3 巡回法廷
巡回法廷(中国語は「巡回法庭」)とは、行政区域を跨る重大な行政、民商事事件について、速やかに公平な審理をするため、各地に設置された最高人民法院の常設、派出機関をいいます(最高人民法院の巡回法廷の案件審理の若干問題に関する規定(最高人民法院关于巡回法庭审理案件若干问题的规定、以下「巡回法廷審理規定」)柱書)。巡回法廷も最高人民法院と一体であり、本部同様に審理を行い、判決、裁定を下す権限があります。
巡回法廷は、現在全国6か所に設置されており、それぞれが管轄する地域は以下のとおりです。
法廷 |
設置地点 |
管轄地域 |
第一巡回法廷 |
広東省深圳市 |
|
第二巡回法廷 |
||
第三巡回法廷 |
江蘇省南京市 |
|
第四巡回法廷 |
||
第五巡回法廷 |
||
第六巡回法廷 |
||
本部 |
2-3-1 受理対象案件
巡回法廷は、以下の案件を受理することとされています(巡回法廷審理規定第3条)。
- 全国範囲内における重大、複雑な第一審行政案件
- 全国において重大な影響を有する第一審民商事案件
- 高級人民法院の下した第一審行政又は民商事判決、裁定に対する上訴案件
- 高級人民法院の下した、既に効力を生じている行政又は民商事判決、裁定、調解書に係る再審
- 刑事不服申し立て(中国語は「申诉」)
- 法定の権限により提起された再審
- 高級人民法院の下した過料、拘留決定を不服として申し立てられた不服申し立て
- 高級人民法院が、管轄権の問題で最高人民法院に裁定又は決定を求める案件
- 高級人民法院が審理期限の延長の許可を求める案件
- 香港、マカオ、台湾の民商事と司法共助に及ぶ案件
- 最高人民法院が巡回法廷による審理又は処理をすべきと認めるその他の案件
他方で、知的財産権、渉外商事、死刑承認、国家賠償、執行案件、最高人民検察院による抗訴案件は、最高人民法院の本部により審理又は処理を行うものとされており(巡回法廷の案件審理の若干問題に関する規定第4条)、その他、統一的な法適用にとって重大な指導的意義のあると認められる案件については本部により審理することができ、巡回法院から本部に対して審理を求めることも可能となっています(巡回法廷審理規定第8条)。
3 地方各級裁判所
地方各級裁判所は、高級人民法院、中級人民法院、基層人民法院の各人民法院の総称です(組織法第13条)。また、各級裁判所については、それぞれ以下のような構成になっています(組織法第20条、第22条、第24条)。
高級人民法院 |
省高級人民法院 |
中級人民法院 |
|
基層人民法院 |
|
区を設置しない市の人民法院 |
|
市轄区人民法院 |
3-1 基層人民法院
地方各級裁判所の中で、基層人民法院が最下級の裁判所となり、別途法の定めがある場合を除き、第一審の案件を審理することとされています(組織法第25条)。
なお、基層人民法院は、当該地区、人口、案件の状況に応じて、若干の「人民法廷」(中国語は「人民法庭」)を設置することができるとされています(組織法第26条第1項)。この人民法廷は、主として農村部や農村部・都市部の中間に設置される、基層人民法院の組成機関で派出機関としての性質を有しています。
3-2 中級人民法院
中級人民法院は、以下の事件を管轄することとされています(組織法第23条)。
- 法により、中級人民法院が管轄すべきとされている第一審事件
- 基層人民法院が審理を請求する第一審事件
- 上級人民法院の指定により管轄する第一審事件
- 基層人民法院の判決、裁定に対する上訴、抗訴事件
- 審判監督手続に基づいて提起された再審事件
上記第1号にいう「法により、中級人民法院が管轄すべきとされている第一審事件」として、例えば民事訴訟法は以下のようなものを定めています(民事訴訟法第18条)。
また、刑事訴訟法では、国家安全危害、テロ活動事件、及び無期懲役又は死刑となる可能性のある事件について、中級人民法院が第一審裁判所になるとされています(刑事訴訟法第21条)。
3-3 高級人民法院
高級人民法院は、以下の事件を管轄することとされています(組織法第21条)。
- 法により、高級人民法院が管轄すべきとされている第一審事件
- 下級人民法院が審理を請求する第一審事件
- 最高人民法院の指定により管轄する第一審事件
- 中級人民法院の判決、裁定に対する上訴、抗訴事件
- 審判監督手続に基づいて提起された再審事件
- 中級人民法院の請求により承認を求められている死刑事件
上記第1号にいう「法により、高級人民法院が管轄すべきとされている第一審事件」として、例えば民事訴訟法は、その管轄区域内において重大な影響のある第一審民事事件を挙げています(民事訴訟法第19条)。
また、刑事訴訟法では、全省(又は自治区、直轄市)級の重大な刑事事件について第一審裁判所になるとされています(刑事訴訟法第22条)。
4 専門人民法院
専門裁判所は、中国における人民法院の体系の組成部分であり、地方各級裁判所と同様に国家裁判権を行使するものの、特定の部門又は特定の事案について設置される裁判機関であり、行政区画に基づいて設置されるものではない、という特殊性があります。
組織法上は軍事法院、海事法院、知的財産権法院、金融法院等を設置することが想定されていますが(組織法第15条第1項)、専門裁判所の設置、組織、職権、裁判官の任免等については、全人代常務委員会によって規定されるとされており(組織法第15条第2項)、その時勢に応じて専門裁判所の新設、廃止がなされています。
現時点においては、冒頭の図でも紹介しているとおり、上記の4つの専門人民法院のほか、鉄道運輸法院が設置されています。
なお、現在中国の人民法院には、インターネット人民法院(互联网法院)が存在しており、これも専門人民法院であるという整理もあるようですが、インターネット人民法院はあくまで最高人民法院による通知に基づいて設置されたものであり、全人代常務委員会によって設置がされたものではないため、専門人民法院には含まれないと考えられます。
とはいえインターネット人民法院は、日本の裁判所に比べても先進的で、特徴的といえますので、こちらもまた後日ご紹介したいと思いますが、以下では専門人民法院のうち、知的財産権法院と金融法院について簡単にご紹介します。
4-1 知的財産権法院
知的財産権法院は、特許、種苗品種、集積回路図設計、技術秘密等、専門技術性の比較的高い、知的財産権に関係する民事事件又は行政事件の第一審を管轄する裁判所として、北京、上海及び広州に設置された専門法院です(全人代常務委員会の北京、上海、広州に知的財産権法院を設立することに関する決定(全国人民代表大会常务委员会关于在北京、上海、广州设立知识产权法院的决定、以下「知財法院決定」)第2条第1項)。
4-1-1 管轄事件
上記のとおり、知的財産権法院は特許、種苗品種、集積回路図設計、技術秘密等、専門技術性の比較的高い、知的財産権に関係する民事事件又は行政事件の第一審を管轄します。
その中でも、国務院行政部門の裁定又は決定を不服として申し立てる、知的財産権の授権に関する第一審行政事件については、北京の知的財産権法院が専門的に管轄することとされています(知財法院決定第2条第2項)。たとえば知的財産局特許局による特許権登録拒絶に対する不服申立てがこれに該当するといえます。
4-1-2 上訴事件
知的財産権法院の所在する市の基層人民法院における著作権、商標等知的財産権に関する民事事件、行政事件の判決、裁定に対する上訴は、知的財産権法院が審理するとされています(知財法院決定第3条)。
他方、知的財産権法院の第一審判決、裁定に対する上訴事件は、知的財産権法院の所在地における高級人民法院が審理します(知財法院決定第4条)。
4-2 金融法院
金融法院は、現在上海にのみ設置されている、上海市中級人民法院の管轄する金融ミン商事事件及び金融行政事件を審理する人民法院です(全人代常務委員会の上海金融法院を設立することに関する決定(全国人民代表大会常务委员会关于设立上海金融法院的决定、以下「金融法院決定」)第2条第1項)。
4-2-1 管轄事件
金融法院の管轄する事件は、金融法院決定に基づいて制定された司法解釈である「上海金融法院案件管轄に関する規定」(关于上海金融法院案件管辖的规定、以下「金融法院管轄規定」)が詳細に定めています(金融法院管轄規定第1条ないし第3条)。
- 上海市市轄区内における第一審金融民商事事件
- 上海市市轄区内において中級人民法院が受理すべき金融監督機関を被告とする第一審金融行政事件
- 上海市の金融市場基礎施設を被告又は第三者とする、その職責履行に関連する第一審金融民商事事件及び金融行政事件
上記のうち、第1項「上海市市轄区内における第一審金融民商事事件」については、更に以下のように具体化されています。
- 証券、デリバティブ取引(期货交易)、信託、保険、手形(票据)、信用証、金融ローン契約、銀行カード、ファイナンスリース契約、理財委託契約、質入れ(典当)等の紛争
- 独立銀行保証(保函)、ファクタリング(保理)、私募ファンド、非銀行支払機関によるネット決済、ネットローン、クラウドファンディング(互联网股权众筹)等の新類型の金融民商事事件
- 金融機関を債務者とする破産紛争
- 金融民商事紛争の仲裁司法審査事件
- 外国裁判所の金融民商事紛争に係る判決、裁定の承認執行の申請
4-2-2 上訴事件
上海市基層人民法院による金融民商事事件及び金融行政事件の第一審判決、裁定に対する上訴事件は、上海金融法院が審理するとされています(金融法院管轄規定第4条)。
他方、上海金融法院の第一審判決、裁定に対する上訴事件は、上海市高級人民法院が審理します(知財法院決定第5条)。
以上、中国の裁判所について紹介してきました。今回は、あくまで組織としての人民法院の紹介にとどめていますが、中国における裁判手続等についてはまた折を見てご紹介したいと思います。
中国の国家機関その4(監察委員会)
前回までの全人代、国務院に続き、今回は監察機関である監察委員会についてご紹介します。
1 監察委員会の概要
監察委員会は、総論の会でもご紹介したとおり、2018年3月の中国憲法改正により、新しく憲法上設けられた新しい国家機関で、公職員(公権力を行使する者)に対して監察を行い、違法職務、職務犯罪の調査の実施、清廉政治建設と反腐敗業務の展開、そして、違法な職務を行った公職者に対する処分を課すことが、その主要な職務となっています(監察法第3条、第45条)。
監察委員会は、国家監察委員会と地方各級監察委員会と、国家レベルのものと地方レベルのものが存在し(憲法第124条第1項)、その中で、国家監察委員会が中国における最高監察機関として位置付けられ、国家監察委員会は地方各級監察委員会(省、自治区、直轄市、自治州、県、自治県)の活動を指導することとされています(憲法第125条、監察法第7条第2項、第10条)。
他の機関、組織との関係では、全人代及び全人代常務委員会に対して責任を負い、かつその監督を受ける一方、行政機関、社会団体、個人からの干渉を受けない立場にあり、捜査機関である検察機関や、裁判機関、その他法律執行部門とは相互に協力し、制約し合わなければならないと、並列的な国家機関として位置付けられています。
以下では、国家監察委員会を中心として紹介していきます。
2 国家監察委員会の構造
国家監察委員会は、主任、副主任若干名、委員若干名により構成され、主任は全人代が選出し、副主任と委員については国家監察委員会主任が全人代常務委員会に任免を申請することとされています(監察法第8条第1項)。なお、現在副主任は6名、委員は9名の体制となっています。
国家監察委員会の組織構造としては、以下のようになっております。
「中央紀委国家監委」は、「中共中央規律検査委員会」と「国家監察委員会」の略称になりますが、この略称からも分かるとおり、国家監察委員会は中国共産党の中央規律検査委員会と一体の組織となっており、共産党の指導の下、管轄・職責に応じて監督・調査・処分を行い、幹部の管理権限と属地管轄結合の原則に基づいて級別に応じた業務分担をすることとされています(国家監察委員会管轄規定(施行)(国家监察委员会管辖规定(试行)、以下「管轄規定」)第3条)。
中央規律検査委員会というのは、中国共産党内の監察業務を担う委員会で、共産党の党規則の遵守状況、党の方針、政策の執行状況等の検査を行うことのほか、反腐敗業務の組織、協力等を担う役割を持っています。
3 監察委員会の職責、権限
3-1 監察委員会の職責
監察法上定められた監察委員会の職責は以下のとおりです(監察法第11条)。
1 | 公職者に対して清廉政治教育を展開し、法による職責の履行、公平な権力行使、清廉な政治関与、職務従事及び道徳的行動の状況について監督検査を行うこと(監督行為) |
2 | 着服、賄賂、職権濫用、職務怠慢、権限行使による利益要求、利益移転、私的理由による不正行為、国家資財の浪費等の職務上の違法、職務犯罪の疑いについて調査を行うこと(調査行為) |
3 | 違法を行った公職者に対して、法により政務処分決定を下すこと;職責の履行が不十分、責務不履行のリーダーに対して問責を行うこと;職務犯罪の疑いがある場合については、調査結果を人民検察院に移送し、法による審査、公訴を行うこと;監察対象の所属単位に監察提案を提出すること(処分行為) |
なお、調査等の対象となる「職務犯罪」の具体的な罪名については、管轄規定の第13条ないし第18条にかけて列挙されています。
3-1-1 公職者
さて、上記のとおり監察委員会による監督、調査、処分の対象は、「公職者」による各種行為ですが、ここにいう「公職者」とは、公権力を行使する、あらゆる公職にある者をいい、具体的には以下のようなものを含むこととされています(監察法第3条、第15条、管轄規定第4条)。
1 | 公務員及び公務員法を参照して管理される者(中国共産党各級機関の公務員;各級人民代表大会及び常務委員会機関、人民政府、監察委員会、人民法院、人民検察院の公務員;中国人民政治協商会議の各級委員会機関の公務員;民主党派機関と工商業連合会機関の公務員;公務員法を参照して管理される者を含む) |
2 | 法律、法規が授権する、又は国家機関の法による委託を受けて、公共事務を管理する組織の中で公務に従事する者(銀行保険、証券など監督管理機関の業務人員、公認会計士協会、医師協会等の公共事務管理職能を具備する業界協会の業務人員、法定検査、検測、検疫鑑定機関の業務人員等を含む) |
3 | 国有企業管理人員(国有独資、実質支配、持株企業及びその分支機関等、国家が出資する企業の中で、共産党組織又は国家機関、国有公司、企業、事業単位が指名、推薦、任命、認可等し、指導、組織、管理、監督等の活動に従事する者を含む) |
4 | 公的な教育、科学研究、文化、医療衛生、スポーツ等の単位の中で管理に従事する者(これらの単位及びその分支機関において、指導、組織、管理、監督等の活動に従事する者を含む) |
5 | 基層の大衆的自治組織において管理に従事する者(農村村民委員会、都市住民委員会等、基層の大衆的自治組織の中で、集合事務管理に従事する者及び人民政府に協力して行政管理業務に従事する者を含む) |
6 | その他、法に基づき公職を履行する者(全人代代表、政協委員、党代表会代表、人民陪審員、人民監督員、仲裁院等;その他国家機関、国有公司・企業、事業単位、群団組織において法に基づいて指導、組織、管理、監督等の公務活動に従事する者を含む) |
3-2 管轄
各級の監察機関は、当該管轄区域内における上記公職者にかかわる監察事項を管轄し、上級監察機関は一級下の監察委員会の管轄範囲内における監察事項を処理することができ、更に、必要に応じて所轄の各級監察機関の管轄範囲内の監察事項について処理することも可能となっています(監察法第16条)。
反対に、上級監察機関は、その管轄する監察事項を下級監察機関に管轄させることができるほか、下級監察機関が管轄権を有する監察事項を指定により他の監察機関に管轄させることもできるとされています(監察法第17条第1項)。
また、人民法院、人民検察院、公安機関、会計検査機関等の国家機関が、業務において、公職者に着服、賄賂、職責不履行、汚職等の職務上の違法又は職務犯罪の疑いについて端緒を発見した場合、監察機関に移送しなければならないこととされています(監察法第34条)。
以上に加え、管轄規定には、上記の監察法上の原則的なルールに加えて以下のような補充的なルールも定められています。
3-2-1 公職者による重大な職務違法又は職務犯罪の疑いのある行為
公職者による重大な職務違法又は職務犯罪の疑いのある行為については、国家監察委員会と、最高人民検察院、公安部等の機関と協議の上で管轄問題を解決するが、一般的には国家監察委員会が主として調査を行い、その他の機関はこれに協力するものとする(管轄規定第19条)。
3-2-2 省級監察機関の管轄
複数の省級監察機関に管轄権がある案件については、最初に受理をした監察機関が管轄を有するものとし、必要な場合、主たる犯罪地の監察機関により管轄することができる(管轄規定第20条第1項)。
更に、以下のいずれかの事由がある場合には、国家監察委員会もその職責の範囲内において並行して調査をすることができる(管轄規定第20条第2項)。
- 一人で複数の犯罪をした場合
- 共同で犯罪をした場合
- 共同で犯罪をした公職者が、更に他の犯罪をしている場合
- 多数でした犯罪が関連性を有し、並行して処理した方が事案の解明に有利である場合
3-2-3 人民検察院、公安機関との管轄
訴訟監督活動中に、司法業務人員が職権を利用して国民の権利を侵害し、司法の公正を損なう犯罪をしていることを発見した場合で、人民検察院が管轄することがより適当である場合、人民検察院が管轄することができる(管轄規定第21条第1項)。
公職員以外のその他の者に管轄規定第16条、第17条に掲げる犯罪、非国家業務人員の収賄罪の疑い、非国家業務人員への贈賄罪、外国公職者、国際公共組織の官員への贈賄罪については、公安機関が管轄する(管轄規定第21条第2項)。
3-2-4 国家監察委員会による調査対象
国家監察委員会については、中央の管理する公職者の職務違法、職務犯罪のほか、全国的な影響のあるその他の重大な職務違法、職務犯罪について、調査をすることとされており(管轄規定第22条)、国家監察委員会は、省級監察機関が管轄する案件について直接に調査又は指導、指揮することができるほか、各級監察機関の管轄する案件について必要に応じて直接処理することもできるとされています(管轄規定第23条)。
3-3 監察委員会の権限
監察委員会は、監督、調査の職権を行使するにあたり、法に基づき、関係する単位、個人から、状況を理解し、証拠の収集、調査取得をする権限を有します(監査法第18条第1項)。監察委員会が調査行為をするにあたって行使しうる、主な具体的権限は以下のとおりです。
3-3-1 陳述要求、取り調べ
違法職務の疑いがある被調査人に対し、違法の疑いのある行為について陳述を要求することができ、また、着服、賄賂、職責不履行、汚職等の職務犯罪のある被調査人に対しては取り調べを実施することが可能です(監察法第20条)。
また、必要に応じて証人等に対する尋問を実施することも可能です(監察法第21条)。
3-3-2 留置
被調査人に、着服、賄賂、職責不履行、汚職などの重大な職務上の違法又は職務犯罪の疑いがあり、監察機関がその違法、犯罪事実及び証拠の一部について既に把握しているものの、依然重要な問題があるため更に調査が必要で、かつ、次のいずれかの状況がある場合には、監察機関の法による認可のもと、当該者を特定の場所に留置することが可能です(監察法第22条第1項)。
- 事件の内容が重大、複雑である場合
- 逃走、自殺のおそれがある場合
- 通謀して虚偽の供述をし、又は証拠を偽造、隠匿、隠滅するおそれがある場合
- その他調査を妨害する行為をする恐れがある場合
また、贈賄犯罪又は共同職務犯罪の疑いのある事件関係者についても、同様に留置措置を講ずることが可能となっています(監察法第22条第2項)。
3-3-3 財産照会、凍結
着服、賄賂、職責不履行、汚職などの重大な職務上の違法又は職務犯罪の調査をするにあたって、業務上の必要がある場合、事件に関係する単位及び個人の預金、送金、債券、株券、ファンド持分等の財産について、照会し、凍結することができます(監察法第23条第1項)。
3-3-4 捜索
監察機関は、職務犯罪の疑いのある被調査人、被調査人又は犯罪の証拠を隠匿するおそれのある者の身体、物品、住居及びその他の関係する場所について捜索することが可能で、この場合、必要に応じて公安機関に協力を求めることも可能となっています(監察法第24条第1項、第3項)。
3-3-5 証拠の取得等
監察機関は、調査の過程において、被調査人の違法、犯罪の疑いを証明するために使用する財物、文書、電子データ等の情報を調査取得、封印、差し押さえることができます(監察法第25条第1項)。
3-3-6 検証等
監察機関は、調査の過程において、直接又は専門知識、資格を有する者を指名、派遣、招聘し、調査官主宰のもとで検証、検査を行うことができ(監察法第26条)、また、専門的な問題については専門知識を有する者を派遣又は招聘して鑑定を実施することができます(監察法第27条)。
3-3-7 技術調査
監察機関は、重大な着服、賄賂などの職務犯罪の疑いを調査するにあたって、必要に応じて、厳格な承認手続きを経て、技術調査措置を講じることができるとされています(監察法第28条第1項)。
ここにいう技術調査措置というのは、法令上は必ずしも明確にされていません。しかし、監察法第28条の解説によると、主として通信技術を通じて、被調査人の職務違法、犯罪行為を調査することをいい、ここにいう通信技術には、通話傍受、電子監視、写真撮影・録画等の手段によって、物証等を取得する手段を含むと解されています。
技術調査については、権利侵害の程度が高くなる可能性が高いため、「重大な」職務犯罪について、「厳格な承認手続き」を経た上でなければ実施できないことになっています。
3-3-8 指名手配、出国制限
監察機関は、留置すべき被調査人が逃亡中の場合、当該行政区域内における指名手配(中国語は「通缉」)を決定することができ、公安機関が指名手配書を発布し、逮捕、処分(中国語は「追捕归案」)することとされています(監察法第29条)。
更に、被調査人、関係者が国外に逃走することを防止するため、省級以上の監察機関の承認を経て、被調査人及び関係者に対して出国制限措置を講じることができるとされています(監察法第30条)。
4 監察手続
監察手続のおおまかな流れは以下のとおりです。
4-1 処分の決定及び実行
監督、調査結果に基づき、以下のような処分が行われます(監察法第45条)。
4-1-1 違法職務があるものの、情状が比較的軽微な公職者
直接又は関係機関、関係者に委託して、面談、注意、批判教育、検査命令又は訓戒を行う。
4-1-2 法律違反の公職者
警告、加湿器録、重過失記録、降格、免職、懲戒免職等の政務処分決定をする。
4-1-3 職責を履行しない、又は正確に履行しなかった、責任を負う指導者
直接に問責決定を出し、又は問責決定権限を有する機関に対して問責提案を提出する。
4-1-4 職務犯罪の疑いがある場合
調査の結果、犯罪事実が明らかで、証拠が確実、十分と認める場合、起訴意見書を作成し、事件記録資料、証拠をまとめて人民検察院に移送し、法による審査、公訴提起を行う。
4-1-5 所属単位に対して
監察対象の所属単位の清廉政治の建設及び職責の履行において存在する問題等について、監察提案を提出する。
4-2 監察機関から人民検察院に移送された事案について
監察機関から移送を受けた人民検察院においては、刑事訴訟法に基づいて強制措置を講じ、審査の結果、犯罪事実が既に明確で、証拠が確実、十分で、刑事責任を追求すべきと認める場合には、起訴の決定をしなければならないとされています(監察法第47条第2項)。
他方、補充で事実関係の調査が必要と認める場合には、監察機関に差し戻して補充調査させ、必要な場合には、自ら補充捜査をすることができます(監察法第47条第3項)。
また、結論として不起訴とすべき状況があるものについては、一級上の人民検察院の承認を経て、不起訴の決定をすることになりますが、当該不起訴の決定に誤りがあると監察機関が認める場合には、一級上の人民検察院に対して不服審査を提起する権限が与えられています(監察法第47条第4項)。
4-3 不服審査
監察対象が、監察機関の出した処理決定に対して不服を有する場合、処理決定を受け取った日から1ヶ月以内に、決定を出した監察機関に不服審査(中国語は「复审」)の申立てをすることができ、当該監察機関は、1ヶ月以内に不服審査決定(中国語は「复审决定」)を出さなければなりません。
また、不服審査決定に対しても不服がある場合、監察対象は、不服審査決定を受け取った日から1ヶ月以内に、一級上の観察期間に対して再審査(中国語は「复核」)を申し立てることができ、再審査機関は2ヶ月以内に、再審査決定(中国語は「复核决定」)を出さなければなりません。
なお、不服審査、再審査中は、原処理決定は執行停止せず、不服審査決定又は再審査決定によって、原処理決定が不適当であると判断された場合に、原処理決定がなされた時にさかのぼって不服審査決定又は再審査決定の効力が生じることとされています(監察法第49条)*1。
以上、監察委員会の構造やその権限、また、監察手続の流れ等について、簡単にご紹介してきました。
なお、監察法上、国家の監察制度において「監察官制度」を実施することが予定されていますが(監察官法第14条)、実は当該監察官制度に関する法制度は未だ立法化されていません。しかし、一部の報道によれば、2020年の立法計画の中には当該監察官制度にかかわる「監察官法」が組み込まれていることや、監察法の下位法規となる「監察官法実施条例」が制定予定であることなどが報じられており*2*3、引き続き監察法制度については法整備が進むことが予想されます。
これらの進捗については、続報があり次第、改めてご紹介したいと思います。
中国の国家機関その3(国務院)
前回は全人代、全人代常務委員会について簡単にご紹介しましたが、今回は全人代に続き、中国の行政権を担う国務院について紹介したいと思います。
1 国務院の構成、組織構成
1-1 国務院の構成
総論でもご紹介したとおり、国務院は、中央人民政府とも呼ばれ、国家最高権力機関たる全人代、全人代常務委員会の執行機関であり、最高の国家行政機関として位置付けられています。
日本でいえば、内閣にあたるわけですが、そんな国務院は、以下のような構成になっています(憲法第86条第1項)。
- (国務院)総理 1名
- (国務院)副総理若干名
- 国務委員若干名
- 各部部長
- 各委員会主任
- 会計検査長
- 秘書長
上記のうち、総理については国家主席の指名に基づき、その余の者については総理の指名に基づいて全人代により決定されます(憲法第62条第5号)。
現在の国務院の構成メンバーについてはこちらから。
1-1-1 総理
総理は、国務院の活動を指導する立場にあり、国務院のトップに位置付けられます。
国務院は総理責任制が採用されていますが(憲法第86条第2項)、この総理責任制とは、総理が、その主管する業務の一切に対して全ての責任を負い、同時にそれらの業務に対して完全な決定権を有することをいい、以下のようにその内容を整理されることもあるようです*1。
- 総理は国務院の業務を指揮し、総理は国務院を代表して全人代及び全人代常務委員会に対して責任を負うこと
- 副総理、国務委員は総理の業務を補助し、秘書長、各部部長、各委員会主任、会計検査長は総理に対して責任を負うこと
- 国務院の業務の重要な問題については、総理が最終決定権を有すること。
- 総理は全人代(全人代閉会中は全人代常務委員会)に対して、副総理、国務委員、各部部長、各委員会主任、会計検査長、秘書長の人選を提案する権利を有すること。
- 国務院の公布する決定、命令、行政法規、全人代及び全人代常務委員会に対して提出する議案、行政人員の任免は総理が署名することによって、法的効力を生じること。
1-1-2 副総理・国務委員
副総理、国務委員は、いずれも総理の活動を補佐する役割を負っている点、いずれも国務院常務会議を構成する点(憲法第88条第1項、第2項)、また、総理の委託を受け業務・任務の責務を負い、国務院を代表して対外的な活動を行うことができる点(国務院業務規則(国务院工作规则)第7条)で共通しています。
その中で、副総理は、総理が中国を不在とする間、総理の委託を受けて、複数名いる副総理の中で常務業務を受け持っている副総理が総理の職務を代行する責務を負っており(国務院業務規則第9条)、この点において国務委員と異なる役割を与えられているといえます。
なお、現時点における副総理と国務委員の人数は、それぞれ4名、5名となっています。
1-1-3 部長・委員会主任
後述する国務院の各部及び各委員会のトップとして、その部門活動に対して責任を負い、部務会議、委員会会議もしくは委務会議を招集、主宰し、国務院に対して報告が必要な、重要な伺い、報告と、下位に伝達する命令、指示に署名をする役割を負う者になります(憲法第90条第1項、国務院組織法(国务院组织法、以下「組織法」)第9条)。
1-1-4 会計検査長
会計検査長(中国語は「审计长」)は、会計検査署(中国語は「审计署」)のトップで、会計検査署の業務に責任を負う者です。
なお、会計検査署とは、国務院各部門、地方各級政府の財政収支、国の財政金融機関、企業、事業組織の財務収支の監督を行う機関で(憲法第91条)、日本でいえば会計検査院に似たような組織ですね。
1-1-5 秘書長
国務院秘書長は、総理の指揮の下で国務院の日常業務の処理に責任を負い、国務院弁公庁を指揮する者です(組織法第7条第1項、第3項)。
1-2 会議体
国務院の会議体は、国務院全体会議と国務院常務会議の2つに分けられています。
国務院全体会議は、国務院のメンバー全員により構成され、国務院常務会議は、総理、副総理、国務院、秘書長によって構成されています。
国務院の重大な問題については、国務院常務会議又は国務院全体会議における議論を踏まえた上で決定することとされています(以上、憲法第88条第2項、第3項、組織法第4条、国務院業務規則第6条)。
国務院全体会議では、一般的に重大な問題又は多部門にわたる重大な事項について討論され、他方国務院常務会議では、国務院における業務の中の重大な事項、全人代常務委員会に対して提案する議案、国務院が公布する準備をしている行政法規、各部門、各地方が国務院に対して提案している重大事項等について討論されます。
1-3 国務院の組織構成
国務院については、「国務院の機関設置に関する通知」(国务院关于机构设置的通知)と「国務院の部と委員会が管理する国家局の設置に関する通知」(国务院关于部委管理的国家局设置的通知)に基づき、以下のような組織構造になっています(最新は2018年3月に公布・施行)。
国務院弁公庁(国务院办公厅) | |||
国務院組成部門 (国务院组成部门) |
外交部 | 民政部 | 農業農村部 |
国防部 | 司法部 | 商務部 | |
国家発展改革委員会 | 財政部 | 文化と旅行部 | |
教育部 | 人力資源と社会保障部自然資源部 | 国家衛生健康委員会 | |
科学技術部 | 生態環境部 | 退役軍人事務部 | |
工業と情報化部 | 住居と城郷建設部 | 応急管理部 | |
国家民族事務委員会 | 交通運輸部 | 中国人民銀行 | |
公安部 | 水利部 | 会計監査署 | |
国家安全部 | |||
国務院直属特設機関(国务院直属特设机构) | 国務院国有資産監督管理委員会 | ||
国務院直属機関(国务院直属机构) | 税関総署 | 国家ラジオテレビ総局 | 国家医療保障局 |
国家税務総局 | 国家スポーツ総局国家統計局 | 国務院参事室 | |
国家市場監督管理局総局 | 国家国際発展合作署 | 国家機関事務管理局 | |
国務院弁事機関(国务院办事机构) | 国務院香港マカオ事務弁公室 | ||
国務院研究室 | |||
国務院直属事業単位(国务院直属事业单位) | 新華通訊社 | 中国工程院 | 中央気象局 |
中国科学院 | 国務院発展研究センター | 中国銀行保険監督管理委員会 | |
中国社会科学院 | 中央ラジオテレビ総台 | 中央証券監督管理委員会 | |
国務院部及び委員会が管理する国家局(国务院部委管理的国家局) なお、カッコ内は所轄部門 |
国家信訪局(国務院弁公庁) | 国家文物局(文化と旅行部) | 国家鉄道局(交通運輸部) |
国家エネルギー局(国家発展改革委員会) | 国家炭鉱安全監察局(応急管理部) | 国家郵政局(交通運輸部) | |
国家煙草専売局(工業と情報化部) | 国家薬品監督管理局(国家市場監督管理局) | 国家中医薬管理局(国家衛生健康委員会) | |
国家林業と草原局(自然エネルギー部) | 国家食糧と物資備蓄局(国家発展改革委員会) | 国家外貨管理局(中国人民銀行) | |
中国民用航空局(交通運輸部) | 国家国防鍵工業局(工業と情報化部) | 国家知的財産権局(国家市場監督管理総局) | |
国家移民管理局(公安部) |
1-3-1 国務院弁公庁
国務院弁公庁は、秘書長が指揮する機関で、主に国務院の幹部(中国語は「领导」)を補助し、国務院の日常業務を行う役割を担っており(国務院行政機関の設置と編成管理条例(国务院行政机构设置和编制管理条例、以下「設置編成管理条例」)第6条第2項)、具体的には、以下のような職責を担っています(国務院弁公庁の主要な職責内における機関設置と人員編成規定を発行することに関する通知(国务院办公厅关于印发国务院办公厅主要职责内设机构和人员编制规定的通知)第2条)。
- 国務院会議の準備を行い、国務院の幹部に協力して会議決定事項の実施を組織すること
- 国務院の幹部に協力して、国務院、国務院弁公庁名義で発布する公文を作成又は審査すること
- 国務院の各部門と各省、自治区、直轄市人民政府が国務院に対して伺い立てする事項について県級市、審査意見を提出し、国務院幹部に報告し認可を得ること
- 国務院の決定事項及び国務院幹部国務院の各部門と地方人民政府の指示に対し、国務院の各部門と地方人民政府がこれを徹底して実行しているかについて監督及び検査をし、速やかに国務院の幹部に対して報告をすること
- 国務院の当直業務に協力し、速やかに重要な状況を報告し、国務院幹部の指示の実行を伝達、監督すること
- 国務院の組織として処理する必要のある突発的な事案への応急処置業務について、国務院の幹部に協力すること
- 全国政府情報の公開業務を指導、監督すること
- 国務院と国務院幹部により指示を受けたその他の事項を行うこと
1-3-2 国務院組成部門
国務院組成部門は、法による分類に基づいて、国務院の基本的な行政管理職能を履行する部門で、部、委員会、中国人民銀行及び会計検査署を含むものとされています(設置編成管理条例第6条第3項)。
たとえば、日本で中国の外交関連の報道を見る際は、よく「外交部」で開かれている会見が放送されていますね。その他、たとえば外国弁護士が中国において当該外国法律事務所代表処代表となるにあたっては、「司法部」による認可が必要だったりします。日本でところの「○○省」に近いイメージの機関といえるかと思います。
国務院組成部門の改変については、国務院機関編成管理機関によりその方案の提出を受け、国務院常務会にて討論をした後、総理が全人代又は全人代常務委員会による決定を受けて実行され(設置編成管理条例第7条第2項)、直近では、2018年3月に大幅な組織再編が行われました。
なお、組成部門の中には、「部」と「委員会」が含まれています。法令上、これらの2つについての明確な区別というものはされていません。委員会は、その所掌事務範囲が比較的広く、総合的なものとして扱われているようです。
1-3-3 国務院直属特設機関、国務院直属機関
国務院は、業務上の必要と簡潔の原則に基づき、直属機関を若干設立し、各種専門業務を主管することができ、これらの直属機関は専門業務について独立して行政管理職能を有することとされています(組織法第11条、設置編成管理条例第6条第4項)。
中でも、特殊な事項の管理又は特殊な職能の履行が必要なものについて設置されたのが国務院直属特設機関であり、現在は国有資産監督管理委員会一つのみとなっています。
国務院直属特設機関、国務院直属機関の設置や改廃については、国務院に決定権限があります(設置編成管理条例第8条)。
1-3-4 国務院弁事機関
国務院弁事機関は、総理を補助して専門事項を行う、独立した行政管理職能を持たない機関です(組織法第11条、設置編成管理条例第6条第5項)。
現在は、主に香港・マカオの一国二制度の執行等を司る国務院香港マカオ事務弁公室と、主に社会経済の発展における重大な問題の調査、研究し、政策性のある提案や意見を提出することなどを司る国務院研究室の2つが設置されています。
1-3-5 国務院直属事業単位
直属事業単位とは、国家が社会公益の目的のため、国家機関が主宰する、又はその他の組織が国有資産を利用して主宰する、教育、科学技術、文化、衛生等の活動に従事する社会サービス組織をいい(事業単位登記管理暫定条例(事业单位登记管理暂行条例)第2条)、その中で国務院が直接管轄、指導するものをいいます。
直属事業単位は、行政機関ではありませんが、政府の行政職能を行使する事業単位については、国家公務員制度の適用対象となります(国家公務員制度実施方案(国家公务员制度实施方案)別紙第2条)。
政府系メディアである新華通訊社もこの国務院直属事業単位の一つです。政府系メディアと呼ばれる所以ですね。なお、英語や漢字以外の外来語を中国語表記にする際のピンインと漢字は、新華社が使用するものが基準とされているとか。
1-3-6 国務院部及び委員会が管理する国家局
国務院組成部門は特定業務を主観し、行政管理職能を行使する部門を組成することができるとされており(設置編成管理条例第6条第6項)、現在ある国家局の大部分は国務院組成部門が所掌しています。
もっとも、中には国家信訪局のように国務院弁公庁が所掌するもの、国家知的財産権局のように国務院直属機関である国家市場監督管理総局が所掌するものも設置されています(国家知的財産権局は2018年3月に共産党が公布・施行した「党と国家機関の改革を深化する方案」(深化党和国家机构改革方案)に基づき新設)。
中国法務に携わる中では、国家知的財産権局、国家外貨管理局あたりはよく目にします。
2 国務院の権限
憲法上、国務院の権限は、以下のとおり定められています(憲法第89条)。
1 | 憲法及び法律に基づいて、行政上の措置を定め行政法規を制定し、決定及び命令を公布すること |
2 | 全人代又は全人代常務委員会に議案を提出すること |
3 | 各部及び各委員会の任務及び職責を定め、各部及び各委員会の活動を統一的に指導し、かつ、各部及び各委員会に属さない全国的な行政活動を指導すること |
4 | 全国の地方各級国家行政機関の活動を統一的に指導し、中央、省、自治区、直轄市の国家行政機関の職権の具体的な区分を定めること |
5 | 国民経済、社会発展計画及び国家予算を編成し、執行すること |
6 | 経済活動並びに都市、農村建設及び生態文明建設を指導し、管理すること |
7 | 教育、科学、文化、衛生、体育及び計画出産の各活動を指導し、管理すること |
8 | 民政、公安、司法行政等の各活動を指導し、管理すること |
9 | 対外事務を管理し、外国と条約、協定を締結すること |
10 | 国防建設事業を指導し、管理すること |
11 | 民族事務を指導し、管理すること。また、少数民族の平等の権利及び民族自治地方の自治権を保障すること |
12 | 華僑の正当な権利及び利益を保護し、帰国華僑、国内に居住する華僑の親族の適法な権利利益を保護すること |
13 | 各部及び各委員会の公布した不適当な命令、指示、規則を改め、これを取り消すこと |
14 | 地方各級国家行政機関の不適当な決定、命令を改め、取り消すこと |
15 | 省、自治区、直轄市の行政区画を承認し、自治州、県、自治権、市の設置並びにその行政区画を承認すること |
16 | 法律に基づき、省、自治区、直轄市の範囲内の一部地区が緊急状態に入ることを決定すること |
17 | 行政機関の編成を審議、決定し、法律により行政職員の任免、研修、評価、賞罰をすること |
18 | 全人代及び全人代常務委員会の授権するその他の職責 |
また、各部、各委員会、人民銀行、会計検査署(すなわち国務院組成部門ですね)は、法律、行政法規、国務院の決定、命令に基づいて、その部門の職権の範囲内において規定(规章)を制定し、命令を公布することができることとなっています(憲法第90条第2項、国務院業務規則第10条)。
以上、国務院についてその概要をご紹介しました。次回は、監察委員会をご紹介します。
中国の国家機関その2(全人代)
前回は、中国における主な国家機関の構造と、その概要について簡単にご紹介しましたた。今回からは、その各論として、全人代、国務院、監察委員会、人民法院・人民検察院を順にご紹介していきたいと思います。
1 全国人民代表大会
前回も既にご紹介しているとおり、全人代は中国における最高国家権力機関です。
1-1 全人代の構造
全人代の組織としての構成は、以下の図のとおりです。
全人代の常設機関として全人代常務委員会が置かれており、それとは別に、専門委員会が置かれています。
1-1-1 全人代常務委員会
詳しくは後述します。
1-1-2 専門委員会
専門委員会は、全人代及び全人代常務委員会の指導の元において、関係する議案の研究、審査及びその起草をするために設けられる機関です(憲法第70条)。
憲法上は、原則として以下の委員会を設置することを想定していますが、必要に応じてこれ以外の委員会も設置されます。
たとえば、第13期全人代第一回会議においては、上記の委員会のほか、監察と司法委員会、環境資源保護委員会、農業農村委員会、社会建設委員会が設置されています。
1-2 全人代の権限
憲法上定められた全人代の権限は以下のとおりです(憲法第62条、第63条)。
1 | 憲法を改正すること。 |
2 | 憲法実施の監督をすること。 |
3 | 刑事、民事、国家機構及びその他基本的な法律の制定及び改正をすること。 |
4 | 中華人民共和国主席・副主席の選出、罷免をすること。 |
5 | 中華人民共和国主席の指名に基づき、国務院総理(首相)を決定し、国務院総理の指名に基づき、国務院副総理・国務委員・各部部長・各委員会主任・会計検査長・秘書長を決定すること。また、これらの罷免も行う。 |
6 | 国家中央軍事委員会主席を選出し、国家中央軍事委員会主席の指名に基づいて、同委員会の構成員を選定すること。また、これらの罷免も行う。 |
7 | 国家監察委員会主任を選出、罷免すること。 |
8 | 最高人民法院院長を選出、罷免すること。 |
9 | 最高人民検察院院長を選出、罷免すること。 |
10 | 国民経済・社会発展計画及び計画執行状況の報告の審査及び承認をすること。 |
11 | 国家予算及び予算執行状況の審査及び承認をすること。 |
12 | 全国人民代表大会常務委員会の不適切な決定の改廃をすること。 |
13 | 省・自治区・直轄市の設置の承認をすること。 |
14 | 特別行政区の設立とその制度の決定をすること。 |
15 | 戦争と平和に関する問題の決定をすること。 |
16 | 最高国家権力機関として行使すべきその他の職権。 |
1-2-1 日本の国会との比較
日本との比較で言えば、日本では裁判官は原則として弾劾裁判によらなければ罷免されないという身分保障がされているのに対し(日本国憲法第78条第1項)、中国では全人代が最高人民法院院長を罷免できてしまいます。同様に、日本では内閣による衆議院の解散権により行政権が立法権を牽制することが可能と理解されていますが(内閣による解散権は憲法上明確には定められていません)、中国の場合には、全人代が一方的に国務院総理をはじめとする行政の責任者を罷免することができてしまいます。
全人代を説明するにあたり、日本でいう国会に相当すると言われることがあります。立法機関という点ではたしかに国会と同じといえますが、三権分立が保障されている日本国憲法下における国会と、全人代をパラレルに考えることはできません。
また、全人代には憲法改正権限が与えられています。憲法改正にあたっては、全人代常務委員会又は5分の1以上の全人代代表が発議し、かつ、全人代の全代表の3分の2以上の賛成によって採択され、法律その他の議案については、全人代の全代表の過半数の賛成によって採択されることとなっています(憲法第64条)。
日本の憲法改正をするには、各議員の総議員の3分の2以上の賛成により国会が発議し、国民投票等による国民の承認が必要とされているのと比べると(日本国憲法第96条第1項)、中国における憲法改正のハードルはかなり低くなっているといえます。
直近では、2018年に憲法改正が行われており、国家主席の任期を2期10年までに制限していた規定を削除する改正がなされたことは、比較的話題になったところです。
このように、全人代は憲法自身が国家の最高権力機関というだけあって、日本の国会に比べると全方位に対して万能な機関ということができます。
1-3 全国人民代表大会代表
全人代は、省、自治区、直轄市、特別行政区、軍隊が選出する代表によって構成され(憲法第59条第1項)、選出された代表は、全国人民代表大会代表と呼ばれます。日本でいう国会議員ですね。
全人代代表は3000人を超えてはならないことが法律で定められており(全国人民代表大会と地方各級人民代表大会選挙法(全国人民代表大会和地方各级人民代表大会选举法、以下「選挙法」)第15条第2項)、2020年4月29日時点における全人代代表の人数は2958名となっています*1。
1-3-1 全人代の任期・選挙
全人代の任期は一期5年となっており(憲法第60条第1項)、原則として全人代の任期満了2ヶ月前に全人代常務委員会が、次期全人代代表の選挙を完了させることとなっています(憲法第60条第2項)。
さて、全人代代表の選挙といってもあまりぱっとしないかもしれません。中国で選挙なんかそもそもあるんだろうか、と考える人も多いかと思います。
実は、憲法上、満18歳に達した者は、原則として全て選挙権及び被選挙権を有することとされています(憲法第34条)。しかし、国民が全人代代表を直接選挙することはありません。
中国における選挙制度のルールは以下のとおり。
- 全人代代表、省・自治区・直轄市・(区のある)市・自治州の人民代表大会代表は、一つ下の級の人民代表大会によって選挙する
- (区のない)市、市轄区、県、自治県、郷、民族郷、鎮の人民代表大会代表は、直接選挙する
中国の行政区分については、また改めてご紹介したいと思いますが、要するに国民が選挙権を行使して代表の選挙をすることができるのは、規模の小さい市以下の行政区分の代表のみであり、それ以外についてはいずれも、一つ下の級の行政区分における人民代表大会が間接選挙するという構造になっています(選挙法第2条)。
ちなみに、直接選挙の場合には、選挙人数の過半数を取得した場合に、一つ下の級の人民代表大会が上の級の人民代表大会代表を選挙する場合には、全体の代表の過半数を取得した場合に当選となります(選挙法第44条)。
1-4 全人代の開催
全人代は原則として1年に1回開催することが必要とされていますが、例年、大体10日前後開催されているにとどまり、その他の時期は、全人代常務委員会がその代わりに機能しています(例外的に、全人代常務委員会が必要と認めた場合、又は全人代代表の5分の1以上が要求した場合には、臨時の全人代を招集することも可能となっています)。
日本の通常国会も1年中開催しているわけではないものの、国会法上会期が150日とされていることと比較すると、会期自体相当短いといえます。
このことからも分かるとおり、全人代では、時間をかけて法案の実質的な審議を行うというよりは、憲法の根底にある「共産党による指導」に基づいて制定された法案や各種計画、政策を追認することが主であり、政治ショーに過ぎないと言われることも少なからずあります。
実際には、全人代が開催されるに先立ち、全人代常務委員会の主催する予備会議が開催され、そこで全人代における議事進行、その他準備事項の決定がなされます(全国人民代表大会組織法(全国人民代表大会组织法、以下「組織法」)第5条)。
2 全人代常務委員会
全人代常務委員会は、全人代の常設機関であり、全人代が1年に1回、10日ほどしか開催されていないのに対し、全人代常務委員会は全人代が閉会している間も活動し続けています。
2-1 全人代常務委員会の権限
全人代常務委員会は、以下のような権限を与えられています(憲法第67条)。
1. | 憲法を解釈し、憲法の実施を監督すること |
2. | 全国人民代表大会が制定すべき法律を除く法律の制定及び改正をすること |
3. | 全人代の閉会中、全人代が制定した法律に対する部分的な補充及び改正をすること。但し、当該法律の基本原則と抵触してはならない。 |
4. | 法律を解釈すること。 |
5. | 全人代の閉会中、国民経済及び社会発展計画、国家予算の執行過程において作成の必要が生じた部分的調整案を審査及び承認すること。 |
6. | 国務院、国家中央軍事委員会、国家監察委員会、最高人民法院、最高人民検察院の活動を監督すること。 |
7. | 国務院が制定した行政法規・決定・命令のうち、憲法・法律に抵触するものを取り消すこと。 |
8. | 省・自治区・直轄市の国家権力機関が制定した地方性法規及び決議のうち、憲法・法律・行政法規に抵触するものを取り消すこと。 |
9. | 全人代の閉会中、国務院総理の指名に基づいて、部長・委員会主任・会計検査長・秘書長を選出すること。 |
10. | 全人代の閉会中、国家中央軍事委員会主席の指名に基づいて、同委員会のその他の構成員を選出すること。 |
11. | 国家監察委員会主任の申請に基づき、国家監察委員会の副主任及び委員を任免すること。 |
12. | 最高人民法院院長の指名に基づき、最高人民法院副院長・裁判官・裁判委員会委員及び軍事法院院長を任免すること。 |
13. | 最高人民検察院検察長の指名に基づき、最高人民検察院副検察長・検察官・検察委員会委員及び軍事検察院検察長を任免し、かつ省・自治区・直轄市の人民検察院検察長の任免を承認すること。 |
14. | 駐外全権代表を任免すること。 |
15. | 外国と締結した条約や重要な協定の批准及び廃棄を決定すること。 |
16. | 軍人・外交要員の職位階級制度及びその他の専門職の職位階級制度の制定。 |
17. | 国家の勲章・栄誉称号を制定し、また授与を決定すること。 |
18. | 特赦を決定すること。 |
19. | 全人代の閉会中、国家が武力侵犯を受けた場合、又は国際的に共同して侵略を防止する条約を履行しなくてはならない状況にある場合、戦争状態の宣言を決定すること。 |
20. | 全国総動員又は局部動員を決定すること。 |
21. | 全国又は個別の省・自治区・直轄市が緊急状態に入るのを決定する。 |
22. | 全人代が常務委員会に付与するその他の職権。 |
全人代常務委員会の構成全人代には、刑事、民事、国家機構及びその他基本的な法律の制定権限があるのに対し、全人代常務委員会には、それを除く法律の制定権限があるとされているものの、全人代に制定権限が与えられている基本的な法律の範囲が一体どの程度のものなのかという点については、必ずしも明確でなく、全人代常務委員会が制定可能な法律の範囲の境界は曖昧なのが実際のところです。
全人代常務委員会の構成員は全人代により選挙され、その任期は全人代の毎期の任期と同一です(憲法第65条、第66条)。
2-2 全人代常務委員会の組織構成
全人代常務委員会は、組織法に基づき、以下の組織を置くことになっています。
- 代表資格審査委員会(組織法第26条)
- 弁公庁(組織法第27条)
- 工作委員会(組織法第28条)
2-2-1 代表資格審査委員会
代表資格審査委員会は、全人代代表の選出が行われた後、当該代表の資格の確認又は個別の代表の当選無効の確認を行い、毎期の全人代第一回会議前に代表のリストを公布する職責を担っています(組織法第3条)。
2-2-2 弁公庁
全人代常務委員会の事務、実務を担う組織です。
2-2-3 工作委員会
工作委員会は、全人代常務委員会がその必要に応じて設置することができる委員会であり、現在は以下の委員会が設置されています。
- 法制工作委員会
- 予算工作委員会
- 香港特別行政区基本法委員会
- マカオ特別行政区基本法委員会
上記のうち、法制工作委員会は、全人代常務委員会に代わっての法案の起草、外国法制度の調査、法案に対する各部門・地方からの意見を踏まえた法案の修正作業等を担う、重要な役割を担う委員会です。
以上、少し細かいところまで全人代についてご紹介してみました。こちらでご紹介した内容も踏まえて、今年開催される全人代にも注目してみてください。
中国の国家機関その1(総論)
はじめに
さて、新型コロナウイルスの流行に伴い、延期に延期となっていた今年の全人代が5月22日に開幕することになりました。
世界各国が未だ新型コロナウイルスの猛威にさらされている中で、今回の疫病の発端となった中国で全人代を開催するというのは、ニュースでも報道されているとおり、体内的にも対外的にも、中国の正常化アピールという意味合いはもつのであろうと思います。
さて、その真意はともかくとして、そもそも全人代って一体どういった国家機関なのか、いや、そもそも中国の国家機関ってどんな構造になっているのか、といったところまで詳しくは知らない方も少なくないのではないかと思います。
そこで、今回から数回に分けて、中国の国家機関についてその概要をご紹介し、各国家機関の詳細については、次回以降に個別にご紹介しようと思います。
中国の主な国家機関の構造
憲法上、全人代は「最高の国家権力機関である」と明確にしており(憲法第57条)、全ての国家機関はいずれの全人代の下位機関ということになります。日本でいう内閣に相当する国務院、最高裁判所に相当する最高人民法院も全人代の下位機関です。そのため、憲法上、国務院も、中央軍事委員会も、監察委員会も、最高人民法院も、最高人民検察院も、もれなく全人代に対して責任を負うことが規定されています。
この点は、日本の憲法が、国会、内閣、裁判所がいずれも(建前上は)対等の国家機関とする三権分立を採用しているのとは、およそ異なっています。
全人代、全人代常務委員会
全人代は、国の立法権を行使する機関とされていますが(憲法第58条)、上記のとおり国の最高機関であることから、国務院、中央軍事委員会、国家監察委員会、最高人民法院、最高人民検察院のトップ選出権限も全て持っています(憲法第62条)。
全人代は1年に一回開催されるわけですが、全人代の閉会期間中は、全人代常務委員会が立法行為、各国家機関に対する監督権限の行使などをしています。
国家主席
国家主席とは、ニュースでもよく見かける語かもしれません。現在の国家主席はご存知、習近平です。
国家主席とは国家元首、国家の最高権力者とも表現されることがあります。憲法上、対外的には、中国を代表して国事行事を行い、外国使節を受け入れたり、全人代常務委員会の決定に基づいて他国との条約の批准・廃止を行うことなどがその権限として定められており(憲法第81条)、対内的には全人代、全人代常務委員会の決定に基づいて法律を公布したり、国務院の総理・副総経理を任免すること、その他、国家の緊急状態宣言をすること、といった権限が定められています(憲法第80条)。
国家主席とは別に「総理」という役職も存在しており、現在は李克強がこの職に就いていますが、「総理」はあくまで行政機関である国務院のトップであるに過ぎず、国家主席とは異なるポジションですので、区別が必要です。
国務院
国務院は、別名として「中央人民政府」という呼称が使われています。憲法上、最高国家権力機関(すなわち全人代、全人代常務委員会)の執行機関であり、最高の国家行政機関として位置づけられています(憲法第85条)。日本でいえば内閣に相当するといえます。
具体的には、憲法、法律に基づいて行政上の措置を定めること、行政法規を制定し、決定、命令を公布することのほか、全人代・全人代常務委員会に議案を提出すること、などです(憲法第89条)。
国務院の活動は、いずれも全人代に対して責任を負っており、全人代が閉会期間中は全人代常務委員会に対して責任を負うこととなっています(憲法第92条)。
中央軍事委員会
憲法上、中央軍事委員会は「全国の武装力を指導する」機関として位置付けられています(憲法第93条第1項)。
その具体的な職権は、国防法において規定されており、軍事戦力と武装力の作戦方針を決定することや、人民解放軍の建設をリード、管理すること、憲法や法律に基づいて軍事法規を制定し、決定、命令を発布すること、などです(国防法第13条)。
ちなみに、「武装力」とは、人民解放軍現役部隊、予備役部隊、人民武装警察部隊及び民兵により構成されるものとされています(国防法第22条第1項)。
監察委員会
監察委員会は、2018年3月の中国憲法改正により、新しく憲法上設けられた新しい国家機関です。
憲法上、国家の最高の「監察機関」として位置付けられていますが(憲法第126条)、もう少し具体的にいえば、公職員(公権力を行使する者)に対して監察を行い、違法職務、職務犯罪の調査の実施、清廉政治建設と反腐敗業務の展開、そして、違法な職務を行った公職者に対する処分を課すことが、その主要な職務となっています(監察法第3条、第45条)。
習近平による、腐敗行為を徹底して根絶するという政策の一つの集大成として設けられた国家機関といえます。
人民法院・人民検察院
人民法院は、日本でいう裁判所、人民検察院は日本でいう検察庁に相当します。
人民法院は国の裁判機関、人民検察院は国の法律監督機関としてそれぞれ位置付けられています(憲法第128条、第134条)。裁判所、検察庁と言ってしまえば、イメージは付きやすいかもしれません。ただ、日本だと検察庁というのはあくまで法律上定められた国家機関に過ぎないのに対して裁判所は憲法上定められた国家機関であるのに対し、中国では、人民検察院も憲法上の国家機関ということで、憲法上の位置付けが少し違うといえます。
おわりに
以上、かなりざっくりと中国の主要な国家機関について紹介してきました。
次回以降、各国家機関について、もう少し掘り下げてご紹介したいと思います。