中国法ブログ

中国法務の基礎的な事項から最新の情報まで解説するブログ

中国の国家機関その2(全人代)

前回は、中国における主な国家機関の構造と、その概要について簡単にご紹介しましたた。今回からは、その各論として、全人代、国務院、監察委員会、人民法院人民検察院を順にご紹介していきたいと思います。

1 全国人民代表大会

前回も既にご紹介しているとおり、全人代は中国における最高国家権力機関です。

1-1 全人代の構造

全人代の組織としての構成は、以下の図のとおりです。

f:id:ihohojo825:20200503155754p:plain

全人代の常設機関として全人代常務委員会が置かれており、それとは別に、専門委員会が置かれています。 

1-1-1 全人代常務委員会

詳しくは後述します。

1-1-2 専門委員会

専門委員会は、全人代及び全人代常務委員会の指導の元において、関係する議案の研究、審査及びその起草をするために設けられる機関です(憲法第70条)。

憲法上は、原則として以下の委員会を設置することを想定していますが、必要に応じてこれ以外の委員会も設置されます。

  • 民族委員会
  • 憲法及び法律委員会
  • 政経済委員会
  • 教育科学文化衛生委員会
  • 外務委員会
  • 華僑委員会

たとえば、第13期全人代第一回会議においては、上記の委員会のほか、監察と司法委員会、環境資源保護委員会、農業農村委員会、社会建設委員会が設置されています。

1-2 全人代の権限

憲法上定められた全人代の権限は以下のとおりです(憲法第62条、第63条)。 

1   憲法を改正すること。
2      憲法実施の監督をすること。
3      刑事、民事、国家機構及びその他基本的な法律の制定及び改正をすること。
4      中華人民共和国主席・副主席の選出、罷免をすること。
5     中華人民共和国主席の指名に基づき、国務院総理(首相)を決定し、国務院総理の指名に基づき、国務院副総理・国務委員・各部部長・各委員会主任・会計検査長・秘書長を決定すること。また、これらの罷免も行う。
6   国家中央軍事委員会主席を選出し、国家中央軍事委員会主席の指名に基づいて、同委員会の構成員を選定すること。また、これらの罷免も行う。
7      国家監察委員会主任を選出、罷免すること。
8 最高人民法院院長を選出、罷免すること。
9      最高人民検察院院長を選出、罷免すること。
10    国民経済・社会発展計画及び計画執行状況の報告の審査及び承認をすること。
11    国家予算及び予算執行状況の審査及び承認をすること。
12    全国人民代表大会常務委員会の不適切な決定の改廃をすること。
13    省・自治区直轄市の設置の承認をすること。
14    特別行政区の設立とその制度の決定をすること。
15    戦争と平和に関する問題の決定をすること。
16    最高国家権力機関として行使すべきその他の職権。
1-2-1 日本の国会との比較

日本との比較で言えば、日本では裁判官は原則として弾劾裁判によらなければ罷免されないという身分保障がされているのに対し(日本国憲法第78条第1項)、中国では全人代最高人民法院院長を罷免できてしまいます。同様に、日本では内閣による衆議院の解散権により行政権が立法権を牽制することが可能と理解されていますが(内閣による解散権は憲法上明確には定められていません)、中国の場合には、全人代が一方的に国務院総理をはじめとする行政の責任者を罷免することができてしまいます。

全人代を説明するにあたり、日本でいう国会に相当すると言われることがあります。立法機関という点ではたしかに国会と同じといえますが、三権分立が保障されている日本国憲法下における国会と、全人代をパラレルに考えることはできません。

また、全人代には憲法改正権限が与えられています。憲法改正にあたっては、全人代常務委員会又は5分の1以上の全人代代表が発議し、かつ、全人代の全代表の3分の2以上の賛成によって採択され、法律その他の議案については、全人代の全代表の過半数の賛成によって採択されることとなっています(憲法第64条)。

日本の憲法改正をするには、各議員の総議員の3分の2以上の賛成により国会が発議し、国民投票等による国民の承認が必要とされているのと比べると(日本国憲法第96条第1項)、中国における憲法改正のハードルはかなり低くなっているといえます。

直近では、2018年に憲法改正が行われており、国家主席の任期を2期10年までに制限していた規定を削除する改正がなされたことは、比較的話題になったところです。

このように、全人代憲法自身が国家の最高権力機関というだけあって、日本の国会に比べると全方位に対して万能な機関ということができます。

1-3 全国人民代表大会代表

全人代は、省、自治区直轄市特別行政区、軍隊が選出する代表によって構成され(憲法第59条第1項)、選出された代表は、全国人民代表大会代表と呼ばれます。日本でいう国会議員ですね。

全人代代表は3000人を超えてはならないことが法律で定められており(全国人民代表大会と地方各級人民代表大会選挙法(全国人民代表大会和地方各级人民代表大会选举法、以下「選挙法」)第15条第2項)、2020年4月29日時点における全人代代表の人数は2958名となっています*1

1-3-1 全人代の任期・選挙

全人代の任期は一期5年となっており(憲法第60条第1項)、原則として全人代の任期満了2ヶ月前に全人代常務委員会が、次期全人代代表の選挙を完了させることとなっています(憲法第60条第2項)。

さて、全人代代表の選挙といってもあまりぱっとしないかもしれません。中国で選挙なんかそもそもあるんだろうか、と考える人も多いかと思います。

実は、憲法上、満18歳に達した者は、原則として全て選挙権及び被選挙権を有することとされています(憲法第34条)。しかし、国民が全人代代表を直接選挙することはありません。

中国における選挙制度のルールは以下のとおり。

  • 全人代代表、省・自治区直轄市・(区のある)市・自治州の人民代表大会代表は、一つ下の級の人民代表大会によって選挙する
  • (区のない)市、市轄区、県、自治県、郷、民族郷、鎮の人民代表大会代表は、直接選挙する

中国の行政区分については、また改めてご紹介したいと思いますが、要するに国民が選挙権を行使して代表の選挙をすることができるのは、規模の小さい市以下の行政区分の代表のみであり、それ以外についてはいずれも、一つ下の級の行政区分における人民代表大会が間接選挙するという構造になっています(選挙法第2条)。

ちなみに、直接選挙の場合には、選挙人数の過半数を取得した場合に、一つ下の級の人民代表大会が上の級の人民代表大会代表を選挙する場合には、全体の代表の過半数を取得した場合に当選となります(選挙法第44条)。

1-4 全人代の開催

全人代は原則として1年に1回開催することが必要とされていますが、例年、大体10日前後開催されているにとどまり、その他の時期は、全人代常務委員会がその代わりに機能しています(例外的に、全人代常務委員会が必要と認めた場合、又は全人代代表の5分の1以上が要求した場合には、臨時の全人代を招集することも可能となっています)。

日本の通常国会も1年中開催しているわけではないものの、国会法上会期が150日とされていることと比較すると、会期自体相当短いといえます。

このことからも分かるとおり、全人代では、時間をかけて法案の実質的な審議を行うというよりは、憲法の根底にある「共産党による指導」に基づいて制定された法案や各種計画、政策を追認することが主であり、政治ショーに過ぎないと言われることも少なからずあります。

実際には、全人代が開催されるに先立ち、全人代常務委員会の主催する予備会議が開催され、そこで全人代における議事進行、その他準備事項の決定がなされます(全国人民代表大会組織法(全国人民代表大会组织法、以下「組織法」)第5条)。

2 全人代常務委員会

全人代常務委員会は、全人代の常設機関であり、全人代が1年に1回、10日ほどしか開催されていないのに対し、全人代常務委員会は全人代が閉会している間も活動し続けています。

2-1 全人代常務委員会の権限

全人代常務委員会は、以下のような権限を与えられています(憲法第67条)。

1.     憲法を解釈し、憲法の実施を監督すること
2.      全国人民代表大会が制定すべき法律を除く法律の制定及び改正をすること
3.      全人代の閉会中、全人代が制定した法律に対する部分的な補充及び改正をすること。但し、当該法律の基本原則と抵触してはならない。
4.      法律を解釈すること。
5.      全人代の閉会中、国民経済及び社会発展計画、国家予算の執行過程において作成の必要が生じた部分的調整案を審査及び承認すること。
6.      国務院、国家中央軍事委員会、国家監察委員会、最高人民法院最高人民検察院の活動を監督すること。
7.      国務院が制定した行政法規・決定・命令のうち、憲法・法律に抵触するものを取り消すこと。
8.      省・自治区直轄市の国家権力機関が制定した地方性法規及び決議のうち、憲法・法律・行政法規に抵触するものを取り消すこと。
9.      全人代の閉会中、国務院総理の指名に基づいて、部長・委員会主任・会計検査長・秘書長を選出すること。
10.   全人代の閉会中、国家中央軍事委員会主席の指名に基づいて、同委員会のその他の構成員を選出すること。
11.  国家監察委員会主任の申請に基づき、国家監察委員会の副主任及び委員を任免すること。
12.  最高人民法院院長の指名に基づき、最高人民法院副院長・裁判官・裁判委員会委員及び軍事法院院長を任免すること。
13.     最高人民検察院検察長の指名に基づき、最高人民検察院副検察長・検察官・検察委員会委員及び軍事検察院検察長を任免し、かつ省・自治区直轄市人民検察院検察長の任免を承認すること。
14.     駐外全権代表を任免すること。
15.     外国と締結した条約や重要な協定の批准及び廃棄を決定すること。
16.     軍人・外交要員の職位階級制度及びその他の専門職の職位階級制度の制定。
17.     国家の勲章・栄誉称号を制定し、また授与を決定すること。
18.     特赦を決定すること。
19.     全人代の閉会中、国家が武力侵犯を受けた場合、又は国際的に共同して侵略を防止する条約を履行しなくてはならない状況にある場合、戦争状態の宣言を決定すること。
20.     全国総動員又は局部動員を決定すること。
21.     全国又は個別の省・自治区直轄市が緊急状態に入るのを決定する。
22.     全人代が常務委員会に付与するその他の職権。

全人代常務委員会の構成全人代には、刑事、民事、国家機構及びその他基本的な法律の制定権限があるのに対し、全人代常務委員会には、それを除く法律の制定権限があるとされているものの、全人代に制定権限が与えられている基本的な法律の範囲が一体どの程度のものなのかという点については、必ずしも明確でなく、全人代常務委員会が制定可能な法律の範囲の境界は曖昧なのが実際のところです。

全人代常務委員会の構成員は全人代により選挙され、その任期は全人代の毎期の任期と同一です(憲法第65条、第66条)。

2-2 全人代常務委員会の組織構成

全人代常務委員会は、組織法に基づき、以下の組織を置くことになっています。

  • 代表資格審査委員会(組織法第26条)
  • 弁公庁(組織法第27条)
  • 工作委員会(組織法第28条)
2-2-1 代表資格審査委員会

代表資格審査委員会は、全人代代表の選出が行われた後、当該代表の資格の確認又は個別の代表の当選無効の確認を行い、毎期の全人代第一回会議前に代表のリストを公布する職責を担っています(組織法第3条)。

2-2-2 弁公庁

全人代常務委員会の事務、実務を担う組織です。

2-2-3 工作委員会

工作委員会は、全人代常務委員会がその必要に応じて設置することができる委員会であり、現在は以下の委員会が設置されています。

上記のうち、法制工作委員会は、全人代常務委員会に代わっての法案の起草、外国法制度の調査、法案に対する各部門・地方からの意見を踏まえた法案の修正作業等を担う、重要な役割を担う委員会です。

 

以上、少し細かいところまで全人代についてご紹介してみました。こちらでご紹介した内容も踏まえて、今年開催される全人代にも注目してみてください。