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中国の国家機関その4(監察委員会)

前回までの全人代、国務院に続き、今回は監察機関である監察委員会についてご紹介します。

1 監察委員会の概要

監察委員会は、総論の会でもご紹介したとおり、2018年3月の中国憲法改正により、新しく憲法上設けられた新しい国家機関で、公職員(公権力を行使する者)に対して監察を行い、違法職務、職務犯罪の調査の実施、清廉政治建設と反腐敗業務の展開、そして、違法な職務を行った公職者に対する処分を課すことが、その主要な職務となっています(監察法第3条、第45条)。 

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監察委員会は、国家監察委員会と地方各級監察委員会と、国家レベルのものと地方レベルのものが存在し(憲法第124条第1項)、その中で、国家監察委員会が中国における最高監察機関として位置付けられ、国家監察委員会は地方各級監察委員会(省、自治区直轄市自治州、県、自治県)の活動を指導することとされています(憲法第125条、監察法第7条第2項、第10条)。

他の機関、組織との関係では、全人代及び全人代常務委員会に対して責任を負い、かつその監督を受ける一方、行政機関、社会団体、個人からの干渉を受けない立場にあり、捜査機関である検察機関や、裁判機関、その他法律執行部門とは相互に協力し、制約し合わなければならないと、並列的な国家機関として位置付けられています。

以下では、国家監察委員会を中心として紹介していきます。

2 国家監察委員会の構造

国家監察委員会は、主任、副主任若干名、委員若干名により構成され、主任は全人代が選出し、副主任と委員については国家監察委員会主任が全人代常務委員会に任免を申請することとされています(監察法第8条第1項)。なお、現在副主任は6名、委員は9名の体制となっています。

国家監察委員会の組織構造としては、以下のようになっております。

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http://www.ccdi.gov.cn/xxgk/zzjg/201905/t20190505_193379.html

「中央紀委国家監委」は、「中共中央規律検査委員会」と「国家監察委員会」の略称になりますが、この略称からも分かるとおり、国家監察委員会は中国共産党の中央規律検査委員会と一体の組織となっており、共産党の指導の下、管轄・職責に応じて監督・調査・処分を行い、幹部の管理権限と属地管轄結合の原則に基づいて級別に応じた業務分担をすることとされています(国家監察委員会管轄規定(施行)(国家监察委员会管辖规定(试行)、以下「管轄規定」)第3条)。

中央規律検査委員会というのは、中国共産党内の監察業務を担う委員会で、共産党の党規則の遵守状況、党の方針、政策の執行状況等の検査を行うことのほか、反腐敗業務の組織、協力等を担う役割を持っています。

3 監察委員会の職責、権限

3-1 監察委員会の職責

監察法上定められた監察委員会の職責は以下のとおりです(監察法第11条)。

1 公職者に対して清廉政治教育を展開し、法による職責の履行、公平な権力行使、清廉な政治関与、職務従事及び道徳的行動の状況について監督検査を行うこと(監督行為
2 着服、賄賂、職権濫用、職務怠慢、権限行使による利益要求、利益移転、私的理由による不正行為、国家資財の浪費等の職務上の違法、職務犯罪の疑いについて調査を行うこと(調査行為
3 違法を行った公職者に対して、法により政務処分決定を下すこと;職責の履行が不十分、責務不履行のリーダーに対して問責を行うこと;職務犯罪の疑いがある場合については、調査結果を人民検察院に移送し、法による審査、公訴を行うこと;監察対象の所属単位に監察提案を提出すること(処分行為

なお、調査等の対象となる「職務犯罪」の具体的な罪名については、管轄規定の第13条ないし第18条にかけて列挙されています。

3-1-1 公職者

さて、上記のとおり監察委員会による監督、調査、処分の対象は、「公職者」による各種行為ですが、ここにいう「公職者」とは、公権力を行使する、あらゆる公職にある者をいい、具体的には以下のようなものを含むこととされています(監察法第3条、第15条、管轄規定第4条)。

1 公務員及び公務員法を参照して管理される者(中国共産党各級機関の公務員;各級人民代表大会及び常務委員会機関、人民政府、監察委員会、人民法院人民検察院の公務員;中国人民政治協商会議の各級委員会機関の公務員;民主党派機関と工商業連合会機関の公務員;公務員法を参照して管理される者を含む)
2 法律、法規が授権する、又は国家機関の法による委託を受けて、公共事務を管理する組織の中で公務に従事する者(銀行保険、証券など監督管理機関の業務人員、公認会計士協会、医師協会等の公共事務管理職能を具備する業界協会の業務人員、法定検査、検測、検疫鑑定機関の業務人員等を含む)
3 国有企業管理人員(国有独資、実質支配、持株企業及びその分支機関等、国家が出資する企業の中で、共産党組織又は国家機関、国有公司、企業、事業単位が指名、推薦、任命、認可等し、指導、組織、管理、監督等の活動に従事する者を含む)
4 公的な教育、科学研究、文化、医療衛生、スポーツ等の単位の中で管理に従事する者(これらの単位及びその分支機関において、指導、組織、管理、監督等の活動に従事する者を含む)
5 基層の大衆的自治組織において管理に従事する者(農村村民委員会、都市住民委員会等、基層の大衆的自治組織の中で、集合事務管理に従事する者及び人民政府に協力して行政管理業務に従事する者を含む)
6 その他、法に基づき公職を履行する者(全人代代表、政協委員、党代表会代表、人民陪審員、人民監督員、仲裁院等;その他国家機関、国有公司・企業、事業単位、群団組織において法に基づいて指導、組織、管理、監督等の公務活動に従事する者を含む)

 

3-2 管轄

各級の監察機関は、当該管轄区域内における上記公職者にかかわる監察事項を管轄し、上級監察機関は一級下の監察委員会の管轄範囲内における監察事項を処理することができ、更に、必要に応じて所轄の各級監察機関の管轄範囲内の監察事項について処理することも可能となっています(監察法第16条)。

反対に、上級監察機関は、その管轄する監察事項を下級監察機関に管轄させることができるほか、下級監察機関が管轄権を有する監察事項を指定により他の監察機関に管轄させることもできるとされています(監察法第17条第1項)。

また、人民法院人民検察院、公安機関、会計検査機関等の国家機関が、業務において、公職者に着服、賄賂、職責不履行、汚職等の職務上の違法又は職務犯罪の疑いについて端緒を発見した場合、監察機関に移送しなければならないこととされています(監察法第34条)。

以上に加え、管轄規定には、上記の監察法上の原則的なルールに加えて以下のような補充的なルールも定められています。

3-2-1 公職者による重大な職務違法又は職務犯罪の疑いのある行為

公職者による重大な職務違法又は職務犯罪の疑いのある行為については、国家監察委員会と、最高人民検察院、公安部等の機関と協議の上で管轄問題を解決するが、一般的には国家監察委員会が主として調査を行い、その他の機関はこれに協力するものとする(管轄規定第19条)。

3-2-2 省級監察機関の管轄

複数の省級監察機関に管轄権がある案件については、最初に受理をした監察機関が管轄を有するものとし、必要な場合、主たる犯罪地の監察機関により管轄することができる(管轄規定第20条第1項)。

更に、以下のいずれかの事由がある場合には、国家監察委員会もその職責の範囲内において並行して調査をすることができる(管轄規定第20条第2項)。

  • 一人で複数の犯罪をした場合
  • 共同で犯罪をした場合
  • 共同で犯罪をした公職者が、更に他の犯罪をしている場合
  • 多数でした犯罪が関連性を有し、並行して処理した方が事案の解明に有利である場合
3-2-3 人民検察院、公安機関との管轄

訴訟監督活動中に、司法業務人員が職権を利用して国民の権利を侵害し、司法の公正を損なう犯罪をしていることを発見した場合で、人民検察院が管轄することがより適当である場合、人民検察院が管轄することができる(管轄規定第21条第1項)。

公職員以外のその他の者に管轄規定第16条、第17条に掲げる犯罪、非国家業務人員の収賄罪の疑い、非国家業務人員への贈賄罪、外国公職者、国際公共組織の官員への贈賄罪については、公安機関が管轄する(管轄規定第21条第2項)。

3-2-4 国家監察委員会による調査対象

国家監察委員会については、中央の管理する公職者の職務違法、職務犯罪のほか、全国的な影響のあるその他の重大な職務違法、職務犯罪について、調査をすることとされており(管轄規定第22条)、国家監察委員会は、省級監察機関が管轄する案件について直接に調査又は指導、指揮することができるほか、各級監察機関の管轄する案件について必要に応じて直接処理することもできるとされています(管轄規定第23条)。

3-3 監察委員会の権限

監察委員会は、監督、調査の職権を行使するにあたり、法に基づき、関係する単位、個人から、状況を理解し、証拠の収集、調査取得をする権限を有します(監査法第18条第1項)。監察委員会が調査行為をするにあたって行使しうる、主な具体的権限は以下のとおりです。

3-3-1 陳述要求、取り調べ

違法職務の疑いがある被調査人に対し、違法の疑いのある行為について陳述を要求することができ、また、着服、賄賂、職責不履行、汚職等の職務犯罪のある被調査人に対しては取り調べを実施することが可能です(監察法第20条)。

また、必要に応じて証人等に対する尋問を実施することも可能です(監察法第21条)。

3-3-2 留置

被調査人に、着服、賄賂、職責不履行、汚職などの重大な職務上の違法又は職務犯罪の疑いがあり、監察機関がその違法、犯罪事実及び証拠の一部について既に把握しているものの、依然重要な問題があるため更に調査が必要で、かつ、次のいずれかの状況がある場合には、監察機関の法による認可のもと、当該者を特定の場所に留置することが可能です(監察法第22条第1項)。

  • 事件の内容が重大、複雑である場合
  • 逃走、自殺のおそれがある場合
  • 通謀して虚偽の供述をし、又は証拠を偽造、隠匿、隠滅するおそれがある場合
  • その他調査を妨害する行為をする恐れがある場合

また、贈賄犯罪又は共同職務犯罪の疑いのある事件関係者についても、同様に留置措置を講ずることが可能となっています(監察法第22条第2項)。

3-3-3 財産照会、凍結

着服、賄賂、職責不履行、汚職などの重大な職務上の違法又は職務犯罪の調査をするにあたって、業務上の必要がある場合、事件に関係する単位及び個人の預金、送金、債券、株券、ファンド持分等の財産について、照会し、凍結することができます(監察法第23条第1項)。

3-3-4 捜索

監察機関は、職務犯罪の疑いのある被調査人、被調査人又は犯罪の証拠を隠匿するおそれのある者の身体、物品、住居及びその他の関係する場所について捜索することが可能で、この場合、必要に応じて公安機関に協力を求めることも可能となっています(監察法第24条第1項、第3項)。

3-3-5 証拠の取得等

監察機関は、調査の過程において、被調査人の違法、犯罪の疑いを証明するために使用する財物、文書、電子データ等の情報を調査取得、封印、差し押さえることができます(監察法第25条第1項)。

3-3-6 検証等

監察機関は、調査の過程において、直接又は専門知識、資格を有する者を指名、派遣、招聘し、調査官主宰のもとで検証、検査を行うことができ(監察法第26条)、また、専門的な問題については専門知識を有する者を派遣又は招聘して鑑定を実施することができます(監察法第27条)。

3-3-7 技術調査

監察機関は、重大な着服、賄賂などの職務犯罪の疑いを調査するにあたって、必要に応じて、厳格な承認手続きを経て、技術調査措置を講じることができるとされています(監察法第28条第1項)。

ここにいう技術調査措置というのは、法令上は必ずしも明確にされていません。しかし、監察法第28条の解説によると、主として通信技術を通じて、被調査人の職務違法、犯罪行為を調査することをいい、ここにいう通信技術には、通話傍受、電子監視、写真撮影・録画等の手段によって、物証等を取得する手段を含むと解されています。

技術調査については、権利侵害の程度が高くなる可能性が高いため、「重大な」職務犯罪について、「厳格な承認手続き」を経た上でなければ実施できないことになっています。

3-3-8 指名手配、出国制限

監察機関は、留置すべき被調査人が逃亡中の場合、当該行政区域内における指名手配(中国語は「通缉」)を決定することができ、公安機関が指名手配書を発布し、逮捕、処分(中国語は「追捕归案」)することとされています(監察法第29条)。

更に、被調査人、関係者が国外に逃走することを防止するため、省級以上の監察機関の承認を経て、被調査人及び関係者に対して出国制限措置を講じることができるとされています(監察法第30条)。

4 監察手続

監察手続のおおまかな流れは以下のとおりです。

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4-1 処分の決定及び実行

監督、調査結果に基づき、以下のような処分が行われます(監察法第45条)。

4-1-1 違法職務があるものの、情状が比較的軽微な公職者

直接又は関係機関、関係者に委託して、面談、注意、批判教育、検査命令又は訓戒を行う。

4-1-2 法律違反の公職者

警告、加湿器録、重過失記録、降格、免職、懲戒免職等の政務処分決定をする。

4-1-3 職責を履行しない、又は正確に履行しなかった、責任を負う指導者

直接に問責決定を出し、又は問責決定権限を有する機関に対して問責提案を提出する。

4-1-4 職務犯罪の疑いがある場合

調査の結果、犯罪事実が明らかで、証拠が確実、十分と認める場合、起訴意見書を作成し、事件記録資料、証拠をまとめて人民検察院に移送し、法による審査、公訴提起を行う。

4-1-5 所属単位に対して

監察対象の所属単位の清廉政治の建設及び職責の履行において存在する問題等について、監察提案を提出する。

4-2 監察機関から人民検察院に移送された事案について

監察機関から移送を受けた人民検察院においては、刑事訴訟法に基づいて強制措置を講じ、審査の結果、犯罪事実が既に明確で、証拠が確実、十分で、刑事責任を追求すべきと認める場合には、起訴の決定をしなければならないとされています(監察法第47条第2項)。

他方、補充で事実関係の調査が必要と認める場合には、監察機関に差し戻して補充調査させ、必要な場合には、自ら補充捜査をすることができます(監察法第47条第3項)。

また、結論として不起訴とすべき状況があるものについては、一級上の人民検察院の承認を経て、不起訴の決定をすることになりますが、当該不起訴の決定に誤りがあると監察機関が認める場合には、一級上の人民検察院に対して不服審査を提起する権限が与えられています(監察法第47条第4項)。

4-3 不服審査

監察対象が、監察機関の出した処理決定に対して不服を有する場合、処理決定を受け取った日から1ヶ月以内に、決定を出した監察機関に不服審査(中国語は「复审」)の申立てをすることができ、当該監察機関は、1ヶ月以内に不服審査決定(中国語は「复审决定」)を出さなければなりません。

また、不服審査決定に対しても不服がある場合、監察対象は、不服審査決定を受け取った日から1ヶ月以内に、一級上の観察期間に対して再審査(中国語は「复核」)を申し立てることができ、再審査機関は2ヶ月以内に、再審査決定(中国語は「复核决定」)を出さなければなりません。

なお、不服審査、再審査中は、原処理決定は執行停止せず、不服審査決定又は再審査決定によって、原処理決定が不適当であると判断された場合に、原処理決定がなされた時にさかのぼって不服審査決定又は再審査決定の効力が生じることとされています(監察法第49条)*1

 

以上、監察委員会の構造やその権限、また、監察手続の流れ等について、簡単にご紹介してきました。

なお、監察法上、国家の監察制度において「監察官制度」を実施することが予定されていますが(監察官法第14条)、実は当該監察官制度に関する法制度は未だ立法化されていません。しかし、一部の報道によれば、2020年の立法計画の中には当該監察官制度にかかわる「監察官法」が組み込まれていることや、監察法の下位法規となる「監察官法実施条例」が制定予定であることなどが報じられており*2*3、引き続き監察法制度については法整備が進むことが予想されます。

これらの進捗については、続報があり次第、改めてご紹介したいと思います。