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中国の国家機関その5(人民法院)

前回から少し間が空いてしまいましたが、前回監察委員会に続き、今回は中国の裁判所、「人民法院」についてご紹介したいと思います。

1 人民法院の組織構成

 

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以上の図のとおり、中国の人民法院は、最高人民法院を頂点として、その下位に地方各級人民法院と専門人民法院が設置されています。

2 最高人民法院

最高人民法院は、憲法上、最高の裁判機関としての地位を与えられており(憲法第132条第1項)、地方各級人民法院及び専門人民法院の裁判活動を監督する役割が課されています(憲法第132条第2項)。

2-1 最高人民法院の管轄

最高人民法院は、以下の事件を管轄することとされています(人民法院組織法(人民法院组织法、以下「組織法」)第16条)。

  1. 法律にその管轄が定められている第一審事件及び自らが管轄すべきと判断する第一審事件
  2. 高級人民法院の判決及び裁定に対する上訴事件及び抗訴事件
  3. 全人代常務委員会の規定に基づいて提起された上訴事件及び抗訴事件
  4. 裁判監督手続に基づいて提起された再審事件
  5. 高級人民法院が承認を求める死刑事件
2-1-1 法律にその管轄が定められている第一審事件及び自らが管轄すべきと判断する第一審事件

第1号にいう「法律にその管轄が定められている第一審事件」とは、例えば民事訴訟、刑事訴訟については、それぞれ「全国的に重大な影響を及ぼす事件」(民事訴訟法第20条第1項)、「全国的な重大刑事事件」(刑事訴訟法第23条)と定められています。ただ、これらの要件の該当性の判断基準については必ずしも明らかではありません。過去の最高人民法院の判決理由においては、訴額が一つの重大な判断要素である旨が述べられています。

また、「自らが管轄すべきと判断する」事件についても第一審裁判所としての管轄を有することになっていますが、規定だけを見れば広範な裁量が認められているようにみえます。ただ、実際に同規定に基づいて最高人民法院が第一審裁判所として行った裁判の実例は少ないようです。中国の民事訴訟、刑事訴訟共に原則として二審制が採られているところ(民事訴訟法第10条、刑事訴訟法第10条)、最高人民法院が第一審となると、それがすなわち終審となり、二審制の原則が損なわれてしまいます。そのため、最高人民法院が第一審となることには謙抑的であるべきといえます。

2-1-2 高級人民法院の判決及び裁定に対する上訴事件及び抗訴事件

第2号にいう「抗訴事件」ですが、これは、人民検察院人民法院の下した判決、裁定について誤りがあると判断する場合に、再度の審理を要請して行われる審理のことをいいます。対象となるのは、刑事事件だけではなく、民事事件、行政事件等も含まれます。

ただ、刑事事件における抗訴は、日本でもいういわゆる上訴を意味するのに対し、民事事件や行政事件における抗訴は、必ずしも上訴の意味合いを有しません。なぜなら、前者は人民検察院が訴訟における当事者としての地位を有しているのに対し、後者の場合には、元々は訴訟の当事者ではなく、あくまで訴訟当事者から人民検察院に対する抗訴の申立てを行うことによって行われ、元々の訴訟における人民検察院の立場が異なるからです(刑事事件において、被告人、その法定代理人等が原判決に不服がある場合に行うのが「上訴」、検察官が行うのが「抗訴」と呼称が分けられています)。 

2-1-3 全人代常務委員会の規定に基づいて提起された上訴事件及び抗訴事件

第3号に規定している「全人代常務委員会の規定にしたがい提起された上訴事件及び抗訴事件」にいう「全人代常務委員会の規定」とは、例えば「全人代常務委員会の特許等知的財産権案件訴訟手続の若干問題に関する決定」(全国人民代表大会常务委员会关于专利等知识产权案件诉讼程序若干问题的决定)があります。

2-1-4 裁判監督手続に基づいて提起された再審事件

第4号にいう、「裁判監督手続」とは、いわゆる再審のことをいい、既に効力を生じた判決、裁定について、再度審理を行う手続となります。上記で紹介した抗訴との比較でいえば、主として、再審は既に効力の生じた判決、裁定に対する不服申し立て、抗訴は未だ効力の生じていない判決、裁定に対する不服申し立てという点で大きな区別があります。

2-1-5 高級人民法院が承認を求める死刑事件

死刑は、最高人民法院が判決する場合を除き、最高人民法院に対して報告して承認(中国語は「核准」)を得なければならないことが明文で規定されています(組織法第17条)。上記第5号は正にこれを反映した規定であるといえます。

2-2 解釈権限

最高人民法院には、裁判活動における具体的な法律適用に属する問題について解釈すること、また、指導的事例(指导性案例)を公表することができるとされています(組織法第18条)。

前者はいわゆる司法解釈の制定権限で、司法解釈については以前の記事でご紹介しましたのでこちらをご覧ください。

chinalaw.hatenablog.com

指導的事例というのは、既に法的効力の生じ、且つ、以下の条件を満たす案件を満たす事例をいいます(最高人民法院の事例指導業務に関する規定(最高人民法院关于案例指导工作的规定、以下「事例指導規定」)第2条、(「最高人民法院の事例指導業務に関する規定」実施細則(《最高人民法院关于案例指导工作的规定》实施细则、以下「事例指導規定実施細則」)第2条)。

  • 広く社会からの注目を得ていること
  • 法律の規定が比較的原則的なものであること
  • 典型性を有していること
  • 複雑難解又は新しい類型であること
  • その他、指導的作用を持つ事案であること
  • 認定事実が明確であること
  • 正確に法律を適用していること
  • 裁判の説得力が十分であること
  • 法的効果と社会的効果が良好であること
  • 類似の案件を審理するのに普遍的な指導意義を有していること

各級人民法院が審理している案件において、基本的な事情、法律適用関係が指導的事例と類似している場合には、指導的事例の裁判要点を参照して裁判を行うべきこととされており(事例指導規定実施細則第9条)、その意味で、先例性のある裁判規範として位置付けられているといえます。

2-3 巡回法廷

巡回法廷(中国語は「巡回法庭」)とは、行政区域を跨る重大な行政、民商事事件について、速やかに公平な審理をするため、各地に設置された最高人民法院の常設、派出機関をいいます(最高人民法院の巡回法廷の案件審理の若干問題に関する規定(最高人民法院关于巡回法庭审理案件若干问题的规定、以下「巡回法廷審理規定」)柱書)。巡回法廷も最高人民法院と一体であり、本部同様に審理を行い、判決、裁定を下す権限があります。 

巡回法廷は、現在全国6か所に設置されており、それぞれが管轄する地域は以下のとおりです。

法廷

設置地点

管轄地域

第一巡回法廷

広東省深圳市

広東省広西チワン族自治区海南省湖南省

第二巡回法廷

遼寧省瀋陽

遼寧省吉林省黒竜江省

第三巡回法廷

江蘇省南京市

江蘇省上海市浙江省福建省江西省

第四巡回法廷

河南省鄭州

河南省山西省湖北省安徽省

第五巡回法廷

重慶市

重慶市四川省貴州省雲南省チベット自治区

第六巡回法廷

陝西省西安市

陝西省甘粛省青海省寧夏回族自治区新疆ウイグル自治区

本部

北京市

北京市天津市、河北省、山東省、内モンゴル自治区

2-3-1 受理対象案件

巡回法廷は、以下の案件を受理することとされています(巡回法廷審理規定第3条)。

  • 全国範囲内における重大、複雑な第一審行政案件
  • 全国において重大な影響を有する第一審民商事案件
  • 高級人民法院の下した第一審行政又は民商事判決、裁定に対する上訴案件
  • 高級人民法院の下した、既に効力を生じている行政又は民商事判決、裁定、調解書に係る再審
  • 刑事不服申し立て(中国語は「申诉」)
  • 法定の権限により提起された再審
  • 高級人民法院の下した過料、拘留決定を不服として申し立てられた不服申し立て
  • 高級人民法院が、管轄権の問題で最高人民法院に裁定又は決定を求める案件
  • 高級人民法院が審理期限の延長の許可を求める案件
  • 香港、マカオ、台湾の民商事と司法共助に及ぶ案件
  • 最高人民法院が巡回法廷による審理又は処理をすべきと認めるその他の案件

他方で、知的財産権、渉外商事、死刑承認、国家賠償、執行案件、最高人民検察院による抗訴案件は、最高人民法院の本部により審理又は処理を行うものとされており(巡回法廷の案件審理の若干問題に関する規定第4条)、その他、統一的な法適用にとって重大な指導的意義のあると認められる案件については本部により審理することができ、巡回法院から本部に対して審理を求めることも可能となっています(巡回法廷審理規定第8条)。

3 地方各級裁判所

地方各級裁判所は、高級人民法院、中級人民法院、基層人民法院の各人民法院の総称です(組織法第13条)。また、各級裁判所については、それぞれ以下のような構成になっています(組織法第20条、第22条、第24条)。

高級人民法院

省高級人民法院

自治区高級人民法院

直轄市高級人民法院

中級人民法院

省、自治区轄市の中級人民法院

直轄市内の中級人民法院

自治州中級人民法院

省、自治区内の地区において設立した中級人民法院

基層人民法院

県、自治県人民法院

区を設置しない市の人民法院

市轄区人民法院

3-1 基層人民法院 

地方各級裁判所の中で、基層人民法院が最下級の裁判所となり、別途法の定めがある場合を除き、第一審の案件を審理することとされています(組織法第25条)。

なお、基層人民法院は、当該地区、人口、案件の状況に応じて、若干の「人民法廷」(中国語は「人民法庭」)を設置することができるとされています(組織法第26条第1項)。この人民法廷は、主として農村部や農村部・都市部の中間に設置される、基層人民法院の組成機関で派出機関としての性質を有しています。

3-2 中級人民法院

中級人民法院は、以下の事件を管轄することとされています(組織法第23条)。

  1. 法により、中級人民法院が管轄すべきとされている第一審事件
  2. 基層人民法院が審理を請求する第一審事件
  3. 上級人民法院の指定により管轄する第一審事件
  4. 基層人民法院の判決、裁定に対する上訴、抗訴事件
  5. 審判監督手続に基づいて提起された再審事件

上記第1号にいう「法により、中級人民法院が管轄すべきとされている第一審事件」として、例えば民事訴訟は以下のようなものを定めています(民事訴訟法第18条)。

  1. 重大な渉外事件
  2. 管轄区において重大な影響を有する事件
  3. 中級人民法院が管轄すべきと最高人民法院が確定する事件

また、刑事訴訟法では、国家安全危害、テロ活動事件、及び無期懲役又は死刑となる可能性のある事件について、中級人民法院が第一審裁判所になるとされています(刑事訴訟法第21条)。

3-3 高級人民法院 

高級人民法院は、以下の事件を管轄することとされています(組織法第21条)。

  1. 法により、高級人民法院が管轄すべきとされている第一審事件
  2. 下級人民法院が審理を請求する第一審事件
  3. 最高人民法院の指定により管轄する第一審事件
  4. 中級人民法院の判決、裁定に対する上訴、抗訴事件
  5. 審判監督手続に基づいて提起された再審事件
  6. 中級人民法院の請求により承認を求められている死刑事件

上記第1号にいう「法により、高級人民法院が管轄すべきとされている第一審事件」として、例えば民事訴訟は、その管轄区域内において重大な影響のある第一審民事事件を挙げています(民事訴訟法第19条)。

また、刑事訴訟法では、全省(又は自治区直轄市)級の重大な刑事事件について第一審裁判所になるとされています(刑事訴訟法第22条)。

4 専門人民法院

専門裁判所は、中国における人民法院の体系の組成部分であり、地方各級裁判所と同様に国家裁判権を行使するものの、特定の部門又は特定の事案について設置される裁判機関であり、行政区画に基づいて設置されるものではない、という特殊性があります。

組織法上は軍事法院、海事法院、知的財産権法院、金融法院等を設置することが想定されていますが(組織法第15条第1項)、専門裁判所の設置、組織、職権、裁判官の任免等については、全人代常務委員会によって規定されるとされており(組織法第15条第2項)、その時勢に応じて専門裁判所の新設、廃止がなされています。

現時点においては、冒頭の図でも紹介しているとおり、上記の4つの専門人民法院のほか、鉄道運輸法院が設置されています。

なお、現在中国の人民法院には、インターネット人民法院(互联网法院)が存在しており、これも専門人民法院であるという整理もあるようですが、インターネット人民法院はあくまで最高人民法院による通知に基づいて設置されたものであり、全人代常務委員会によって設置がされたものではないため、専門人民法院には含まれないと考えられます。

とはいえインターネット人民法院は、日本の裁判所に比べても先進的で、特徴的といえますので、こちらもまた後日ご紹介したいと思いますが、以下では専門人民法院のうち、知的財産権法院と金融法院について簡単にご紹介します。

4-1 知的財産権法院

知的財産権法院は、特許、種苗品種、集積回路図設計、技術秘密等、専門技術性の比較的高い、知的財産権に関係する民事事件又は行政事件の第一審を管轄する裁判所として、北京、上海及び広州に設置された専門法院です(全人代常務委員会の北京、上海、広州に知的財産権法院を設立することに関する決定(全国人民代表大会常务委员会关于在北京、上海、广州设立知识产权法院的决定、以下「知財法院決定」)第2条第1項)。

4-1-1 管轄事件

上記のとおり、知的財産権法院は特許、種苗品種、集積回路図設計、技術秘密等、専門技術性の比較的高い、知的財産権に関係する民事事件又は行政事件の第一審を管轄します。

その中でも、国務院行政部門の裁定又は決定を不服として申し立てる、知的財産権の授権に関する第一審行政事件については、北京の知的財産権法院が専門的に管轄することとされています(知財法院決定第2条第2項)。たとえば知的財産局特許局による特許権登録拒絶に対する不服申立てがこれに該当するといえます。

4-1-2 上訴事件

知的財産権法院の所在する市の基層人民法院における著作権、商標等知的財産権に関する民事事件、行政事件の判決、裁定に対する上訴は、知的財産権法院が審理するとされています(知財法院決定第3条)。

他方、知的財産権法院の第一審判決、裁定に対する上訴事件は、知的財産権法院の所在地における高級人民法院が審理します(知財法院決定第4条)。

4-2 金融法院

金融法院は、現在上海にのみ設置されている、上海市中級人民法院の管轄する金融ミン商事事件及び金融行政事件を審理する人民法院です(全人代常務委員会の上海金融法院を設立することに関する決定(全国人民代表大会常务委员会关于设立上海金融法院的决定、以下「金融法院決定」)第2条第1項)。

4-2-1 管轄事件

金融法院の管轄する事件は、金融法院決定に基づいて制定された司法解釈である「上海金融法院案件管轄に関する規定」(关于上海金融法院案件管辖的规定、以下「金融法院管轄規定」)が詳細に定めています(金融法院管轄規定第1条ないし第3条)。

  1. 上海市市轄区内における第一審金融民商事事件
  2. 上海市市轄区内において中級人民法院が受理すべき金融監督機関を被告とする第一審金融行政事件
  3. 上海市の金融市場基礎施設を被告又は第三者とする、その職責履行に関連する第一審金融民商事事件及び金融行政事件

上記のうち、第1項「上海市市轄区内における第一審金融民商事事件」については、更に以下のように具体化されています。

  • 証券、デリバティブ取引(期货交易)、信託、保険、手形(票据)、信用証、金融ローン契約、銀行カード、ファイナンスリース契約、理財委託契約、質入れ(典当)等の紛争
  • 独立銀行保証(保函)、ファクタリング(保理)、私募ファンド、非銀行支払機関によるネット決済、ネットローン、クラウドファンディング(互联网股权众筹)等の新類型の金融民商事事件
  • 金融機関を債務者とする破産紛争
  • 金融民商事紛争の仲裁司法審査事件
  • 外国裁判所の金融民商事紛争に係る判決、裁定の承認執行の申請
4-2-2 上訴事件

上海市基層人民法院による金融民商事事件及び金融行政事件の第一審判決、裁定に対する上訴事件は、上海金融法院が審理するとされています(金融法院管轄規定第4条)。

他方、上海金融法院の第一審判決、裁定に対する上訴事件は、上海市高級人民法院が審理します(知財法院決定第5条)。

 

以上、中国の裁判所について紹介してきました。今回は、あくまで組織としての人民法院の紹介にとどめていますが、中国における裁判手続等についてはまた折を見てご紹介したいと思います。