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信頼不能実体リスト規定の公布・施行について

2020年9月19日、中国の商務部は「信頼不能実体リスト規定」(中国語は「不可靠实体清单规定」、以下「本規定」という。)を公布し、即日施行しました。

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「信頼不能実体リスト」というのは、本規定によって初めて登場した概念ではなく、商務部は2019年5月31日の時点で、信頼不能実体リスト制度を今後構築していく旨の発表をしており、今回の本規定は当該商務部の方針に基づいたものということができます。

もっとも、本規定が公布された前日、同年9月18日にアメリカのthe Department of Commerce が米国内におけるWe Chat、Tik Tokのダウンロードや更新、We Chatを通じた決済サービス(いわゆるWe Chatペイ)を禁止したという時間的関係から見て、アメリカのこれらの措置に対する対抗措置であるとの見方が有力であり(the Department of Commerceによるリリースはこちら)、中国国内ではそのような趣旨であるとの報道もなされています。

本規定に基づく信頼不能実体リストは、現時点ではまだ公表されていませんが、アメリカが国防権限法(National Defense Authorization Act:NDAA)でHuaweiやZTEといったメーカーとの取引を制限したり、今回We ChatやTik Tokのダウンロード等を制限したりと、個別企業について狙い撃ちで規制をかけていることからすれば、近く、そのような米国の個別企業を掲載したリストが公布されることも想定されます。

本規定は、全14条で構成される行政法規ですが、今回は本規定の内容についてご紹介、ご説明したいと思います。

1 信頼不能実体リスト制度の適用対象

本規定によれば、信頼不能実体リスト制度とは、以下のとおり理解されます(本規定第2条第1項)。

外国実体の、国際貿易及び関連する活動における以下のいずれかの行為に対して相応の措置を講ずること 

上記にいう「外国実体」(外国实体)とは、外国企業その他の組織又は個人を含む、と比較的概括的な定義がされています(本規定第2条第2項)。

そして、外国実体による対象行為については、

  • 中国の国家主権、安全、発展利益に危害を加えること
  • 正常な市場取引の原則に違反し、中国企業、その他の組織又は個人との適正な取引を中断し、又は中国企業、その他の組織もしくは個人に対して差別的措置を講じ、中国企業、その他の組織もしくは個人の合法権益を著しく損害すること 

をいうとされています。

なお、本規定では、中国政府は独立的・自主的な対外政策、相互の主権尊重・内政不干渉と平等な相互主義等の国際関係の基本ルールを維持し、一国主義・保護主義に反対すること、そして、他国貿易体制を維持して開放的な世界経済建設を推進することが謳われています(本規定第3条)。

規定の内容及び昨今の情勢からすれば、アメリカを意識していることは、あまり疑いがありませんが、本規定の公布と同時に発表されている本規定の解説では、本規定は特定の国家、特定の主体に対するものではないと述べられています。

2 調査の実施等

信頼不能実体リスト制度は、中央国家機関の関連部門が加入する工作機構により執行され、当該工作機構の弁公室は国務院商務主管部門に設置されることとされています(本規定第4条)。

上記の工作機構は、その職権又は関連方面の提案、通報に基づいて、関連する外国実体の行為に対して調査をするか否かの判断を行うことができ、調査を行う場合には公告することとされています(本規定第5条)。各方面からの提案や通報も調査開始の端緒となるため、間口は広いといえそうです。

そして、工作機構が外国実体に対して調査を行うにあたっては、関係当事者へのインタビュー(询问)、関連する資料の閲覧又はコピー、及びその他必要な方法によって行うことができ、関連する外国実体も調査期間において陳述、弁解をすることができるとされています(本規定第6条第1項)。

工作機構は、実際の状況に基づいて中止又は終了をすることができ、また、もしも調査の中止を決定した前提事実に重大な変化があった場合には調査を再開できるともされています(本規定第6条第2項)。

このように見てみると、調査の開始、終了については、工作機構の裁量が認められており、少なくとも本規定上はこれらの具体的な要件は特に定められていません。また、調査の方法としては、インタビュー、資料の閲覧・コピーが具体的に定められており、それ以外はキャッチオール的な定めがされているにとどまり、実際にどのような調査方法まで採ることができるのかは明確にはされていないといえます。

3 調査を踏まえた処分等

3-1 信頼不能実体リストへの追加

工作機構は、調査の結果を踏まえ、以下の事由を総合的に考慮したうえで外国実体を信頼不能実体リストに追加するか否かの決定をし、その旨の公告をするものとされています(本規定第7条)。

  • 中国の国家主権、安全、発展利益に対する危害の程度
  • 中国企業、その他の組織又は個人の合法権益に対する損害の程度
  • 国際的に一般的な経済貿易ルールに適合しているか否か
  • その他考慮すべき事由

また、外国実体による行為の事実が明確である場合、工作機構は上記の事由を総合考慮し、直接信頼不能実体リストに追加する決定をすることができるともされており(本規定第8条)、この場合には、調査のプロセスが省略されるものと理解されます。

一応、考慮要素を明確にしているという点では評価できるものの、評価基準は抽象的な内容にとどまるため、工作機関の裁量は必ずしも限定されていないものと思われます。

なお、信頼不能実体リストへの追加に係る公告において、当該外国実体との取引をするにあたってのリスクを提示することができ、且つ、実際の状況に基づいて外国実体の当該行為の是正期限を設けることができるとされています(本規定第9条)。

3-2 信頼不能実体リストへ追加された外国実体に対する措置 

工作機構は、信頼不能実体リストに追加された外国実体に対して、以下のいずれかの措置を講じることができ、公告するものとされています(本規定第10条第1項)。

  1. 中国と関係のある輸出入活動の制限又は禁止
  2. 中国国内への投資の制限又は禁止
  3. その関連人員、交通運輸ツールの入国の制限又は禁止
  4. 関連人員の中国国内における就業許可、滞留又は居留資格の制限又は取り消し
  5. 情状に応じた過料
  6. その他必要な措置

中国との輸出入の禁止のほか、対中投資、関連人員の入国等も広く禁止、制限されるということで、措置としては比較的強力な内容になっているように思われます。

なお、信頼不能実体リストに追加する旨の公告で是正期間が設けられている場合、その是正期間中は上記措置は講じず、是正期間が経過した後も是正されなかった場合に措置を講じるということで、是正期間中は措置の執行が留保される形となっています(本規定第11条)。

反対に、中国企業、その他の組織又は個人が、中国と関係のある輸出入活動の制限又は禁止をされている外国実体と取引を行う確かな必要性がある場合には、工作機構弁公室に対して申請を行い、許可を得る必要があるとされました(本規定第12条)。

3-3 信頼不能実体リストからの抹消

工作機構は実際の状況に応じて、外国実体を信頼不能実体リストから抹消することができるとされています。また、外国実体が、公告された是正期間内において違法行為の是正を行い、違法行為の効果を抹消した場合にも、工作機構は信頼不能実体リストから抹消することができるとされています(本規定第13条第1項)。

これらは工作機関の方が主導して信頼不能実体リストからの抹消をする場合ですが、他方、外国実体の方からも信頼不能実体リストからの抹消を申し立てることができ、この場合も、工作機関が実際の状況に応じて信頼不能実体リストからの抹消をするか否かを決定することとされています(本規定第13条第2項)。基本的には違法行為の是正がされたような場合にこのような申請ができるものと思われますが、実際にどのような要件が満たされた場合に信頼不能実体リストからの抹消申請をできるかは条文上は明確にされておらず、やはり工作機関の広い判断権限が残されているといえそうです。

4 まとめ

以上、信頼不能実体リスト規定の概要を掻い摘んでご説明しました。今後、具体的な信頼不能実体リストが公布、制定されていくものと思われますので、新しい動向があり次第、また随時ご紹介していきたいと思います。