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インターネット法院について

中国における裁判所(中国語は「法院」)については、以前も簡単に紹介をしましたが、今回はその中でも近時中国でも活発に利用されているインターネット法院(互联网法院)について少しご紹介したいと思います。

1 インターネット法院とは

日本の裁判所は、まだまだIT化にほど遠い中、中国では2017年に巨大IT企業アリババの所在する杭州にて最初のインターネット法院が設立されました。その後2018年に北京と広州でも設立され、現在中国全国で3か所にインターネット法院が設置されていることになります。

インターネット法院は、案件の受理、送達、和解、証拠交換、期日前準備、法廷審理、判決等の訴訟プロセスを全てオンラインで完結させる審理方法を採用する裁判所です(インターネット裁判所の案件審理に関する若干問題の規定(关于互联网法院审理案件若干问题的规定、以下「本規定」)第1条第1項)。訴訟プロセスの殆どをオンラインで行うことができるということになります。現在日本の裁判所もようやくIT化に向けて重い腰を上げ始めたところですが、既に2周遅れ、3周遅れくらいしているような感覚です。

もっとも、あらゆる紛争がインターネット法院で審理されるわけではなく、以下の紛争に係る、基層人民法院が受理すべき第一審について管轄するものとされています(本規定第2条)。

  • 電子商取引プラットフォームを通じて締結され、又は履行されるインターネットショッピング契約に関連して生じた紛争
  • 契約の締結、履行のいずれもインターネット上で完結するネットワークサービス契約に関する紛争
  • 契約の締結、履行のいずれもインターネット上で完結するローン契約、少額ローン契約に関する紛争
  • インターネット上で最初に公表された作品の著作権又は隣接権の帰属に関する紛争
  • インターネット上における、オンラインで公表又は公衆送信されている作品の著作権又は隣接権の侵害に関する紛争
  • インターネットドメインの帰属、侵害及び契約に関する紛争
  • インターネット上での他人の人身権、財産権等の民事権益に関する紛争
  • 電子商取引プラットフォームを通じて購入した商品に瑕疵があったことにより、他人の人身、財産権益を侵害する製造物責任に関する紛争
  • 検察機関が定期するインターネット公益訴訟案件
  • 行政機関によるインターネット情報サービス管理、インターネット商品取引及びサービス管理等の行政行為により生じた行政紛争
  • 上級人民法院が管轄を指定したその他のインターネット関連の民事、行政案件

上記のとおりインターネット法院で審理される案件はいずれもインターネットに関連する民事又は行政事件の第一審に限定されており、刑事事件は対象となっていません。

当事者はインターネット法院を合意管轄裁判所として定めることもできますが、インターネット法院が紛争と実際の連結点を有することが必要です(本規定第3条)。ここにいう連結点とは、通常は当事者の住所、契約締結地、契約履行地等が含まれますが(民事訴訟法第34条参照)、インターネットの特性に鑑み、侵害行為のなされているサーバー、エンドデバイス等の所在地も連結点に含まれると考えられています(インターネット法院の案件審理司法解釈の理解と適用(互联网法院审理案件司法解释的理解与适用、以下「本解釈」​)第四)。

2 インターネット法院での裁判手続の流れ

インターネット法院での各種手続は、各インターネット法院の設ける訴訟プラットフォーム上においてなされます。

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北京インターネット法院のプラットフォーム

大まかなプロセスとしては、

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という流れです(裁判所ごとに若干流れが異なることがあり得ますが概ねこのような流れとご理解ください)。

2-1 提訴

原告は、訴訟提起をするにあたってプラットフォームでの登録をすることになります。

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原告登録画面

プラットフォーム上での原告登録が完了すると、訴状、委任状等の基本的な訴訟資料をデータでアップロードすることになります。

2-2 受理

原告のアップロードした訴状等の資料を踏まえ、インターネット法院がこれに対して、受理、不受理、返却(中国語は「退回」)の処理をすることになります。不受理というのは、訴訟条件を満たさない訴えに対してなされる処理で(杭州インターネット法院訴訟プラットフォーム操作規程(杭州互联网法院网上诉讼平台操作规程、以下「杭州操作規程」)第10条)、返却というのは、訴えがインターネット法院の受理範囲に属さない場合になされる処理になります(同第11条)。

訴えが受理され、案件として立案がされると、オンラインにて訴訟費用の納付をすることになります。

2-3 応訴

案件が立案されると、携帯電話(SMS)、ファックス、Eメール、メッセンジャーアプリ等を通じて被告に対して事件の通知がなされ、被告はこれを基にプラットフォーム上で身元確認と事件との関連付けをすることになります。

応訴にあたっては、訴状に対して答弁書の提出、さらには反訴の提起をすることになります。

2-4 送達

文書の送達は、原則として電子送達によってなされます。プラットフォームに登録されたアカウントへの送付、そしてこれに紐づいたメールアドレス、We Chat等のSNSにプッシュ通知がなされることで送達されたこととされます(杭州操作規程第22条第1項)。また、法的には受領の回答をした場合のほか、システム上通知が既読となったことでも送達が完了したものとみなされます(本規定第17条第2項)。

他方、当事者の所在が不明となっていたり、プラットフォーム上の方法では送達ができないような場合には、公示送達となりますが(民事訴訟法第92条、杭州操作規程第24条)、公示送達についてもプラットフォーム上でなされます。

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プラットフォーム上での公示送達

2‐5 証拠、証拠意見の提出

当事者は自らの主張を立証するために証拠を提出することになります(中国語で「举证」)が、いずれもプラットフォーム上での提出となります(本規定第9条)。

証拠はオンライン上の証拠とオフライン上の証拠のいずれも提出可能です。ここにいう「オンライン上の証拠」には例えばECプラットフォームの保有する取引関連記録(当事者の身分情報、取引時間、購入品等)も含まれると理解されています(本解釈6(2))。他方、「オフライン上の証拠」というのは、オフラインで存在する物証や書証等が考えられ、これらを写真、スキャン、録音録画等したうえでプラットフォームに提出することになります。

2-5-1 電子データの真実性

当事者は相手方の提出する電子データの真実性(日本でいえば「真正」)について異議を述べることができますが、真実性に異議が述べられた場合には、裁判所は、データの生成されるプラットフォーム、保存媒体、保管方法、データ取り出しの主体、データ移転プロセス等を検証し、データの生成、収集、保管、移転の各プロセスにおける真実性を検討するものとされています(本規定第11条第1項)。

当事者が電子署名、タイムスタンプ、ハッシュ算法、ブロックチェーン等のデータ改ざん防止手段もしくは証拠保全プラットフォームを利用した証拠の固定、保存、収集等により、電子データの真実性を証明することができる場合には、裁判所はその内容を確認すべきものとされており(本規定第11条第2項)、これらの技術の利用によって電子証拠の証拠の効力が高められるといえます。

2-5‐2 証拠の提出等

当事者が証拠を提出することができる期間については、通常の訴訟と同様に15日を下回ってはならないと理解されます(民事訴訟法の適用に関する解釈(关于适用〈中华人民共和国民事诉讼法〉的解释)第99条第2項、杭州操作規程第25条第1項)。

そして、証拠の真実性、適法性、関連性に関する意見表明(中国語で「质证」)についても、開廷前に事前にオンラインで行うことができます(杭州操作規程第26条)。

2-6 審理

法廷審理は、原物の確認が必要など、確かにオフラインでの審理が必要なプロセスを除き、原則としてオンラインのビデオ会議システムを通じて行われます(本規定第12条)。この場合、状況に応じて簡易審理手続を採用することができるとされています。すなわち、

  • 開廷前に本人確認、権利義務告知、法廷の規律を既に告げている場合には開廷時に再度繰り返さない
  • 当事者が既にオンラインで証拠交換をしており、争いのない証拠については、裁判官による説明後、再度の挙証、証拠意見の提示は不要
  • 当事者の同意を得たうえで、当事者の陳述、法廷調査、法廷弁論等のプロセスを合わせて行う

ことができます(本規定第13条)。もっとも、この簡易手続を採るか否かは裁判所の判断によることになり、通常の手続を採ることも可能となっています。なお、公示送達のなされた案件で、且つ事実関係、権利義務関係が明確な簡易な民事事件についても簡易手続を採ることが可能とされています(本規定第18条)。

審理における各プロセスについては、自動反訳システムにより作成される電子調書によって記録され、また、裁判所における訴訟記録もいずれも電子データにより作成され、保管されることとされています(本規定第20条、第21条)。これらの点も非常に先進的であると思います。

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法廷の中継

なお、法廷の様子はプラットフォーム上で公開、中継されており、またバックナンバーを見ることもできます。

3 執行、上訴

第一審が終結し、原告が勝訴をした場合には強制執行の申し立てをすることになり、また当事者のいずれかが判決に対して不服がある場合には上訴の申し立てをすることになります。強制執行の申し立て、上訴の申し立てのいずれについてもプラットフォーム上で行うことができます。

なお、上訴がなされた場合には、上訴審も原則としてオンラインでの審理を行うものとされています(本規定第22条)。