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反外国制裁法について

近時、香港問題や新疆ウイグル自治区問題等を理由、契機として欧米諸国から中国企業又は中国企業と取引のある外国企業に対して不利益な制裁を課されるという例が増えています。特にアメリカのトランプ元大統領時代から顕著になった米中貿易戦争を背景として、中国においては諸外国による中国の個人や組織に対する不利益な制裁に対抗するために、これまで「外国法律と措置の不当な域外適用阻止弁法」(阻断外国法律与措施不当域外适用办法、以下「本弁法」)や「信頼不能実態リスト規定」(不可靠实体清单规定、以下「本規定」)といった規定を制定してきましたが、これらが制定された後も米国による対中制裁措置等は特段落ち着く様子はなく推移してきました。

このような背景の下、2021年6月10日全人代常務委員会は「反外国制裁法」(中国語も「反外国制裁法」、以下「本法」)を制定しました。本弁法や本規定は、商務部が制定した部門規章レベルの規定でしたが、本法は法律レベルでの規定となり、国として諸外国による制裁措置に対して対抗するより一層明確な意思が表明されたものといえます。

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今回は、全16条というシンプルな条文により構成される本法についてその概略を説明していきたいと思います。

1 本法の適用対象

1‐1 適用対象行為

本法は第3条第1項において「中国は覇権主義と強権政治に反対し、如何なる国家による如何なる理由による、如何なる方法による中国内政への干渉に反対する」と、他国による中国への内政干渉に反対する姿勢を前置きしつつ、以下のような行為に対して本法を適用して、これに対して対抗措置(中国語は「反制措施」)を講じることができるとしています(本法第3条第2項)。

  • 外国国家が国際法と国際関係の基本準則に違反し、
  • 各種の理由又はその国の法律に基づき中国に対して抑制、抑圧して中国の国民、組織に対して差別的制限措置を講じ、
  • 国家への内政に干渉すること

上記の定義からもわかる通り、本法は、諸外国による中国への内政干渉に対する対抗することを主眼としたものであるといえます。この観点は、本弁法、本規定でも理念として掲げられていましたが(本弁法第3条、本規定第3条)、本法ではこの点がより一層明確にされているといえます。

もっとも、本法適用対象行為の定義は非常に抽象的であり、具体的にどのような行為が本法の適用対象となるのかはかなり不明です。

また、上記のほか、以下の要件を満たす場合も本法に基づく対抗措置発動の対象となります(本法第15条)。

  • 外国国家、組織又は個人が中国の主権、安全、発展利益に危害を加える行為を実施し、協力し、支持し、
  • 対抗措置を講じる必要がある場合

上記は、信頼不能実体リスト制度の適用対象となる外国実体による行為と同一の視点に立っているものといえます(本規定第2条第2項)。

ただ、こちらについても非常に抽象的な規定が置かれているにとどまるといえます。

1‐2 適用対象主体

対抗措置の適用対象となる主体について、本法は以下のとおり定めています(本法第4条)。

  • 国務院の関連部門は、
  • 本法第3条に定める差別的制限措置の制定、決定、実施に直接又は間接的に参与した個人又は組織を
  • 対抗措置リスト(中国語は「反制清单」)に加えることを決定できる

上記からは、本法の適用対象となる主体は、前述した差別的制限措置の制定、決定、実施に直接、間接に参与した個人、組織であることが分かると共に、国務院の関連部門が本法に基づいて対抗措置リストにこれらの者を加えることができることとされていることが分かります。

対抗措置リストに掲げられた者に対しては、後述するような対抗措置を講ずることが可能ということになりますが、この構造は本規定に基づき信頼不能実体リストに掲げられた主体に対して一定の措置を講じることができるというものと同じであり、対抗措置リストと信頼不能実体リストが今後実務上どのように区別されて運用されるのかという点は着目していく必要があるように思われます。

更に、上記の者に加えて以下の者についても対抗措置が加えられる可能性があります(本法第第5条)。

  • 対抗措置リストに加えられた個人の配偶者及び直系親族
  • 対抗措置リストに加えられた組織の高級管理人員又は実質的支配者
  • 対抗措置リストに加えられた個人が高級管理人員に就任している組織
  • 対抗措置リストに加えられた個人及び組織が実質的に支配し、又は設立、運営に参与する組織

対抗措置リストに加えられた個人、組織から更に一歩踏み込んで本法を適用して対抗措置を講じることができることになりますが、これは本弁法や本規定では見られなかった内容といえます。なお、上記に該当するか否かは、これも国務院の関連部門による権限として定められています。 

2 対抗措置の内容等

2-1 対抗措置の内容

国務院の関連部門は、上記の本法適用対象主体に対して、以下のいずれか又は全部の対抗措置を講じることができます(本法第6条)。

  • ビザの不発行、入国禁止、ビザの取消、あるいは国外追放
  • 中国国内にある動産、不動産やその他各種財産の差し押さえ、押収、凍結
  • 中国国内の組織、個人との関連取引、提携等の活動の禁止又は制限
  • その他の必要な措置

 なお、信頼不能実体リストに加えられた者に対する措置は以下のようになっています。

  • 中国と関係のある輸出入活動の制限又は禁止
  • 中国国内への投資の制限又は禁止
  • その関連人員、交通運輸ツールの入国の制限又は禁止
  • 関連人員の中国国内における就業許可、滞留又は居留資格の制限又は取り消し
  • 情状に応じた過料
  • その他必要な措置

これと比べると、本弁法に基づく対抗措置については、中国国内にある資産への差押等が可能とされている点はより強力になっているといえます。

国務院によりなされた対抗措置の決定は、最終決定として扱われる一方(本法第7条)、状況の変化に基づき、国務院は対抗措置の暫定的停止、変更又は取消をすることができるとされています(本法第8条)。

本規定では、信頼不能実体リストに加えられた者について、工作機関が状況の変化に基づいて当該リストから当該主体を抹消することができるとされているのに対し(本規定第13条第1項)、本法においては、対抗措置リストから主体を抹消できる旨の規定は定められておらず、少なくとも規定上はあくまで対抗措置の停止等がされるにとどまっています。

また、外国国家、組織又は個人が中国の主権、安全、発展利益に危害を加える行為に対する対抗措置については、本法以外にも法律、行政法規、部門規章に基づいて、その他の対抗措置を定めることができるともされており(本法第13条)、今後、更に対抗措置が拡充されていくことも想定されます。

2-2 対抗措置の効果

対抗措置が講じられた場合、中国国内の組織及び個人は、国務院の関連部門による対抗措置を執行しなければならず、これに違反した場合には同部門により処理され、関連活動への従事を制限又は禁止されるとされています(本法第11条)。

これにより、国務院が例えば対抗措置としてビザの不発行や抹消を決定した場合には、外交部や公安部門等がこれに対応しなければならないということになるでしょうし、取引等が制限された場合には、取引を行う主体において取引等を実施してはならないということになるでしょう。

3 救済措置

本法は、如何なる組織、個人も外国が中国に対して行う差別的制限措置の執行、協力をしてはならないとし、同時にこれに違反して中国国民、組織の合法検疫を侵害した場合、中国国民、組織は裁判所に対して訴訟を提起して侵害の停止、損害の賠償を求めることができると規定されています(本法第12条)。

このような司法上の救済規定は、本規定でも似たような規定が置かれていますが(本規定)、当該規定に基づいて具体的にどのような者に対して訴えを提起することができるのか(国外に所在する個人や組織を相手にすることができるのか等)、訴訟を提起する場合の具体的な手続といった、具体的な内容については定められておらず、これらを具体化する立法がない中では、実践での運用は困難と思われます。

4 おわりに

以上、本法について概観してきました。先に施行されている本規定、本弁法と同様、かなり抽象的な規定が定められているにとどまり、どちらかといえば実際に執行することよりも諸外国に対するけん制をすることに主眼が置かれた立法なのではないかと想像されるところです。

信頼不能実体リストについても、依然として具体的なリストの公表もされておらず、どのような企業がリストに載せられるのかというのは注目され続けているところです。本法を更に具体化される下位法令が今後制定されていくと思われますが、これも今後のアメリカを含めた諸外国との対立状況の推移を見守りながらということになるのではないでしょうか。

いずれにしても、世界でビジネスを行う企業からすると、コンプライアンス上の対応として何をしたらよいのかという予測可能性を持つことができないので、その点でやりにくさというものがどうしても残ってしまうように思われます。