外国法律と措置の不当な域外適用阻止弁法について
2021年1月に入って間もない2021年1月9日、中国商務部は「外国法律と措置の不当な域外適用阻止弁法」(阻断外国法律与措施不当域外适用办法、以下「本弁法」といいます。)を公布し、本弁法は同日付けで施行されました。本弁法は、米国政府がHuaweiに対する米国技術を使用した半導体の輸出禁止といった措置をはじめとした制裁措置を念頭に置いて定められたという見方がされていますが、この点について商務部門の記者会見においては、本弁法は特定の国家による制裁措置、特定の取引への制裁措置等への適用を念頭においたものではなく、あらゆる国家による制裁措置等への適用を想定しているとして明言は避けています。
本弁法の施行は、中国国外の主体と中国企業との間の取引関係に対して影響を与えていくことが想定されますが、今回は全16か条によって構成される本弁法の内容を解説してみたいと思います。
1 総論
1-1 法的根拠
本弁法は、国家安全法等の法律に基づいて商務部門により公布された部門規章であり、法源の中では法律、行政法規よりも下位のものになります(中国における法源はこちらをご参照ください)。本弁法の制定にあたり参照されたとされているEU連合のブロッキング法(European Union’s blocking statute(Council Regulation (EC) No 2271/96) )は、EU法上の最上位の法源である「法」(Regulation)であるのと比較すると、本弁法の中国法源における地位は低いといえます。
なお、以前も解説した信頼不能実体リスト規定や外商投資安全審査弁法も、国家安全法に紐づいた法令であり、本弁法と関連又はセットとして捉えることもできそうです。
1-2 適用範囲
本弁法の適用対象については、以下のとおり定められています(本弁法第2条)。
- 国際法及び国際関係の基本準則に違反する外国法及び措置
- 中国公民、法人又はその他の組織(以下、総称して「中国公民等」といいます。)と、第三国(地域)及びその国民、法人又はその他の組織との正常な経済貿易、関連活動に対する不当な禁止、制限
1つ目の「国際法及び国際関係の基本準則に違反する外国法及び措置」については、それ以上の要件が定められておらず、要件としてはかなり抽象的なものであり、当局の裁量が広く認められている形になっています。ブロッキング法はAnnexにおいて適用対象となる外国法又は措置が具体的に列挙されているのとは異なっています。
なお、上記1及び2を以下では総称して、適用対象制限等といいます。
2 適用対象制限等に対する禁止令
本弁法に基づき、商務主管部門は適用対象制限等の承認、執行、遵守を禁止する禁止令(以下「禁止令」といいます。)を発出することができますが(本弁法第7条第1項)、本弁法で定められているそのプロセスは以下のとおりです。
2-1 国務院商務主管部門への報告
本弁法上、中国公民等が適用対象制限等を受けた場合、30日以内に国務院商務主管部門へ報告をしなければならないとされています(本弁法第5条)。ただ、具体的な報告のプロセス等については今の時点では明確にされていません。
なお、ここにいう「中国公民等」は、前述のとおり中国の公民、法人その他組織を指しますが、例えば外国企業の中国子会社、あるいは海外にいる中国人、中国企業の海外拠点等も中国公民等に含まれるものと理解して良いかは文言からは一義的には明らかではなく、解釈の余地があるといえます。
2-2 主管部門による評価・確認
中国公民等からの報告がなされた場合、外国法と措置の不当な域外適用がなされているか否かの評価、確認が行われることになりますが、当該評価・確認にあたっては以下の要素を考慮するものとされています(本弁法第6条)。
- 国際法と国際関係の基本準則に違反しているか否か
- 中国の国家主権、安全、発展利益に対して与えうる影響
- 中国公民等の合法権益に対して与えうる影響
- その他考慮すべき要素
上記に掲げられた考慮要素も、抽象的、観念的な要件の域を出ず、当局に広範な裁量が残されているといえます。
2-3 禁止令の発布
2-2で記載した要素を総合判断し、外国法と措置に不当な域外適用がなされていると認定された場合には、商務主管部門は、禁止令を発布することができます。
また、一旦発布された禁止令は、実際の状況に基づいて中止又は撤回をすることができるものとされています(本弁法第7条第2項)。
2-4 禁止令の遵守免除
禁止令の遵守をすることにより、かえって困難や支障が生じることもありうることから、本弁法においては、中国公民等に、商務部門に対して禁止令の遵守免除を申請する余地を認めています(本弁法第8条第1項)。
禁止令の遵守免除を申請する場合、申請者は商務主管部門に対し、免除申請をする理由及び免除申請をする範囲等の内容を明記したうえで書面による申請を行い、商務主管部門は原則として申請を受理した日から30日以内に申請を認可するか否かの決定をしなければならないとされています(本弁法第8条第2項)。
3 救済措置
3-1 司法上の救済
禁止令の遵守免除が申請されている場合を除き、「当事者」が、禁止令の範囲内にある適用対象制限等を遵守した場合(すなわち禁止令に反して適用対象制限等を遵守した場合)で、これにより中国公民等の合法権益が侵害された場合、中国公民等は人民法院に対して訴訟を提起し、「当事者」に対して損害賠償請求をすることができるとされています(本弁法第9条第1項)。
また、禁止令の範囲内にある、外国法に基づく判決、裁決が中国公民等に対して損害を与えた場合、中国公民等は人民法院に対して、当該判決、裁決において利益を得た「当事者」に対して損害賠償請求することができるとされています(本弁法第9条第2項)。
適用対象制限等を遵守した当事者としては、あくまで外国法や措置を遵守したのであり、これによって中国公民等に損害を与えたとしても、正当な理由や不可抗力を理由として違約責任に対する抗弁をすることができると考えられます。そのような中で、本弁法の上記規定は、禁止令に違反して適用対象制限等を遵守した当事者に対してはそのような抗弁の主張を認めず、損害賠償責任を負わせるものとし、権利侵害を受けた当事者の救済を図ろうとしたものと理解されます。
但し、上記にいう「当事者」とは、中国国内にいる者に限るのか、あるいは中国国外にいる者も含むのかという点は明らかではありません。仮に中国国外にいる者を含むとした場合には、本弁法が域外適用可能ということになりますが、単なる部門規章に域外適用の効力を持たせることができるのか、実際に人民法院に対して訴訟を提起したとして国外でそれを執行することができるのか、といった点が問題点としては残るように思われます。
3-2 政府によるサポート
上記司法上の救済のほか、中国公民等が禁止令に基づき、外国法と措置を遵守せずこれにより重大な損失を被った場合、政府の関連部門は具体的な状況に応じて必要なサポートを行うものとされています(本弁法第11条)。
もっとも、具体的にどのようなサポートが行われるのかについては不明です。
3-3 政府による対抗措置
適用対象制限等に対して、中国政府は実際の状況と必要に応じて、必要な対抗措置を講じることができる旨定められています(本弁法第12条)。
具体的にどのような対抗措置を講じるかは中国政府の政治的判断ということになると思われますが、信頼不能実体リスト規定で定められている対抗措置が参照されることも想定されます。
4 おわりに
本弁法は総じて規定内容が抽象的なものにとどまるため、予測可能性が低く、また、実際に本弁法を適用した場合にそれが機能するのかという点は未知数です。
近時の日本と中国の場合、政治的な対立、摩擦は大きくは顕在化していないため、日本との関係では本弁法によるインパクトはさほど大きくないと思われるものの、米中間の対立という時代背景を反映した極めて政治的な法令として、その概要を把握しておくことも意義はあるかと思われます。