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香港特別行政区国家安全維持法(草案)について

1 はじめに

2020年5月28日に第13期全人代第3回会議において、「健全な香港特別行政区の国家安全維持に関する法制度と執行システムの制定に関する決定」(全国人民代表大会关于建立健全香港特别行政区维护国家安全的法律制度和执行机制的决定)(以下「本決定」)が決議され、同日付けで公布、施行されました。本決定においては、全人代常務委委員会に対し、健全な香港の国家の安全を維持する法制度と執行システムの制定に関する法律の制定を授権し、全人代常務委員会はこれに基づいて立法権を行使することが規定されており(本決定第6条)、本決定の施行後、全人代常務委員会による香港国家安全関連法案の制定がなされることが予期されていました。 

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そして今般2020年6月17日、全人代常務委員会委員長は、全人代常務委員会法制工作委員会における法案制定状況に鑑み、これを全人代常務委員会にて審議するのに熟したものとして、「香港特別行政区国家安全維持法(草案)」(中华人民共和国香港特别行政区维护国家安全法(草案))(以下「本草」)が全人代常務委員会での審議にかけられました。

本草案の具体的な条文については、その内容を確認することができませんが、報道によれば、全6章(①総則、②香港国家安全維持に関する職責と機関、③犯罪と処罰、④案件管轄、⑤法適用とプロセス、⑥中央人民政府の駐香港国家安全維持機関、⑦附則)、全66か条で構成されているとのことです。

以下では、全人代のウェブサイトから把握することができる本草案の概要を以下のとおりご紹介します。

2 本草案の概要

全人代のウェブサイトによれば、本草案については、大きく6つのポイントから整理されています。以下では、その6つのポイントにしたがって、本草案の概要をご紹介します。

2-1 中央人民政府の国家安全事務に関する根本責任の明確化と香港の国家安全維持憲制責任

  1. 中央人民政府は香港国家安全事務に対して根本的な責任を負っており、香港は国家安全維持の憲制上の責任を負い、国家安全維持に関する職責を履行しなければならない。香港の行政機関、立法機関、司法機関は関連する法令の規定に基づき、国家の安全を害する行為(以下「国家安全危害行為」)、活動を有効に防止、制止、処罰しなければならない*1
  2. 国家主権の維持、統一、領土保全は、香港人を含む中国国民の共同の義務である。香港における如何なる機関、組織、個人も、本法及び香港の国家安全維持に関するその他の法律を遵守しなければならず、国家の安全を害する活動に従事してはならない。香港居民が公職に立候補又は就任するにあたっては、香港基本法を擁護する旨を確認又は宣誓する文書に署名しなければならず、香港に忠誠を尽くさなければならない。
  3. 香港は香港基本法の規定する国家安全維持立法を早期に完成させ、関連法を整備するものとする。
  4. 香港の法執行機関、司法機関は本法、香港の現行法における国家安全危害行為の防止、制止、処罰に関する規定を遵守し、国家の安全を有効に維持するものとする。
  5. 香港は国家安全維持とテロ活動防止業務を強化するものとする。学校、社会団体等、国家安全事項に及ぶ事項について、香港は必要な措置を講じるものとし、監督管理を強化するものとする。

2-2 香港の国家安全維持における重要法治原則の規格の明確化

  1. 香港の国家安全維持においては、人権を尊重、保障し、香港居民は香港基本法、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」に基づき、香港に適用される関連規定に基づき保持する、言論、新聞、出版の自由、結社、集会、旅行、示威行為の自由を含む権利と自由を保護するものとする。
  2. 国家の安全に危害を加える犯罪の防止、制止、処罰においては、法治原則を堅持するものとする。法律が犯罪行為と規定するものは、法定の罪によって処罰する;法律が犯罪行為と規定していないものは、罪として処罰してはならない。如何なる者も司法機関が有罪と判断するまでは推定無罪とする。犯罪被疑者、被告人、その他訴訟参加者は、法により弁護権その他訴訟上の権利を有する。司法プロセスにより有罪又は無罪が最終確定した如何なる者も、同一の行為について再び審理又は処罰されない。

2-3 健全な国家安全の建設に関する機関及びその職責の建設

  1. 香港は国家安全維持委員会を設立する。当該委員会は香港の国家安全維持に関する事務に対して責任を負い、国家安全の主要な責任を負い、且つ中央人民政府の監督と問責を受ける。
  2. 香港国家安全維持委員会は、行政長官が主席を務め、政務司司長、財政司司長、律政司司長、保安局局長、警務処所長、警務国家安全維持部門責任者、入管事務処処長、税関長官、行政長官弁公室主任を含むメンバーによって構成される。香港国家安全維持委員会には、秘書処を設置し、秘書長がこれを引導する。秘書長は、行政長官により指名され、中央人民政府による任命を受ける。
  3. 香港国家安全維持委員会の職責は、香港国家安全形勢の分析、研究判断を行い、香港国家安全維持政策を制定すること;香港国家安全維持に関する法制度と執行メカニズムの建設を推進すること;香港国家安全維持の重点業務と重大な行動に協力をすること。
  4. 香港国家安全維持委員会は国家安全事務顧問を設立し、中央人民政府がこれを任命する。香港の国家安全委員会の職責履行に関する事務に対して意見を提供する。
  5. 香港警務処(警察)は、国家安全維持部門を設置し、法執行の力量を配備する。
  6. 香港律政司は、専門の国家安全犯罪事案の監督部門を設置し、国家の安全に危害を加える犯罪の監督業務、その他関連する法律事務に対して責任を負う*2

2-4 国家安全を害する犯罪(4類型)の明確化

本草案の第三章は、全部で6節に分かれ、以下の4つの犯罪行為に関する構成要件とその刑事責任、その他処罰規定及び効力の範囲について明確化した(以下()内は中文名)。

  1. 国家分裂罪(分裂国家罪)
  2. 国家政権転覆罪(颠覆国家政权罪)
  3. テロ活動罪(恐怖活动罪)
  4. 外国又は国外勢力と結託して国家の安全に危害を加える罪(勾结外国或者境外势力危害国家安全罪)

2-5 案件管轄、法適用及びプロセスの明確化

  1. 特定の状況がある場合を除き、香港特別行政区が本法の規定する犯罪行為に対して管轄権を行使する。
  2. 香港は、国家の安全に危害を加える犯罪に対する立案、捜査、起訴、審判、刑罰の執行等訴訟手続について管轄を有し、本法と香港現地の法律を適用する。香港の管轄する、国家の安全に危害を加える犯罪は、公訴手続に従うものとする。
  3. 香港警務処国家安全部門が、国家安全危害犯罪事案を処理する場合、香港における現行法が、警察等の法執行部門が重大犯罪の捜査をするにあたって認めている各種措置及び本法の規定する、関連する職権及び措置を講ずることができる。
  4. 香港特別行政区長官は、現職の又は資格を満たす前職の裁判官、区域法院裁判官、高等裁判所原訟法廷裁判官*3、上訴法廷裁判官*4及び終審法院裁判官から若干名の裁判官を指定し、又は暫定委任裁判官(中国語は「暂委法官」)*5、若しくは特別委任裁判官(中国語は「特委法官」)*6から指定し、国家安全危害犯罪事案を処理させることができる。

2-6 中央人民政府の駐香港国家安全維持機関の明確化

  1. 中央人民政府は香港において国家安全公署を設置し、中央人民政府駐香港国家安全維持公署(中国語は「驻港国家安全公署」)は法に基づいて国家安全維持の職責を履行し、関連する権力を行使する。
  2. 駐香港国家安全公署の職責は、①香港国家安全維持形勢の分析、研究判断をし、国家安全維持に関する重大な戦略と重大な政策について意見と提案を提出すること、②香港が国家安全維持の職責を履行することにつき監督、指導、協力、サポートをすること、③国家安全情報の収集分析、④国家の安全を害する犯罪事案の処理とする。
  3. 駐香港国家安全公署は、法に基づいて厳格に職責を履行し、法に基づき監督を受け、如何なる個人、組織の合法的権益を害してはならない。中香港国家安全公署の人員は全国性の法律を遵守しなければならないほか、香港の法律も遵守しなければならない。
  4. 駐香港国家安全公署は、香港国家安全委員会と協力メカニズムを構築し、香港国家安全維持業務の監督、指導を行うものとする。駐香港国家安全公署の業務部門と香港国家安全維持の法執行機関、司法機関は協力メカニズムを構築し、情報共有と行動上の協力を強化する。

上記のほか、本草案においては、駐香港国家安全公署及び国家の関連機関が、特定の状況下における案件管轄とプロセスについて明確な規定が定められていると報道されています。今の時点では、どのような事案に対してそのような権限が行使可能とされているのかは明らかではありませんが、特定の状況下は、極めて限定された国家安全危害犯罪行為にとどまり、中央政府の全面的な管治権の重要な体現が香港における国家安全法執行業務、司法業務に有利となり、香港基本法第18条第4項に定める緊急事態が出現すること又は出現させられるのを避けるのに有利となるような場面に限られると説明されています。

以上、非常に簡潔ですが、本草案の骨子について既存の報道に基づいてご紹介しました。近日中に全人代常務委員会にて可決され、法案が確定するとも言われておりますので、また動向があり次第折を見てご紹介していきたいと思います。

 

*1:憲制とは、中国の特別行政区において、中国憲法基本法の定める特別行政区の制度のことをいい、憲制上の責任とは、憲制における主体が憲法と法律の定める責任を履行し、憲制において確立した政治関係上の秩序を維持し、憲制秩序を破壊する行為を防止、制止、是正することをいうとされています。

*2:律政司とは、政府その他の政策局、部門に対する法律意見を提供、法律プロセスの中における政府の代表、政府条例草案の制定、起訴の決定、法治のプロモーション等を担う、行政政府の法律事務を司る機関をいいます。

*3:高等裁判所原訟法廷(高等法院原讼法庭)は、香港高等裁判所を構成する法廷の一部で、高等裁判所を第一審とする事件を審理する法廷を指します。

*4:上訴法廷(上诉法庭)とは、香港高等裁判所の法廷のうち、上訴事件を取り扱う法廷を指します。

*5:暫定委任裁判官とは、高等裁判所原訟法廷又は区域裁判所の裁判官に空席が生じてしまった場合に、暫定的に任命される裁判官のことをいいます。

*6:特別委任裁判官とは、弁護士資格を持つ者又は法律業務の経験が豊富な者から選出することができ、一般的な案件を専門的に処理する裁判官のことをいいます。