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香港国家安全法について

昨日5月22日に北京にて開幕した全国人民大会において、「香港版国家安全法」の制定に関する審議が開始されたという報道が大々的になされましたが、各国メディアが「香港の終わり」と悲観的なトーンでこれを報じているようにみえます。

もっとも、昨日の全人代において、この制度に関して一体どのような内容なのか、どのような趣旨なのか、といった点の説明はあまりなされていないように見えますので、全人代常務副委員長、王晨による説明内容(以下「本説明」)を掻い摘んで、あくまで法律の観点からご紹介したいと思います。

昨日の全人代で何が決まったのか

まず、昨日の全人代で「香港国家安全法」という法律が制定されたわけではありませんし、そもそも香港国家安全法という名称の法律を制定することが決まったわけでもありません。

昨日の全人代にて審議の議題に挙げられたのは、「健全な香港特別行政区の国家安全維持に関する法制度と執行システムの制定に関する決定(草案)」(全国人民代表大会关于建立健全香港特别行政区维护国家安全的法律制度和执行机制的决定(草案)、以下「本決定草案」又は「本決定」)についてです。これは、あくまで大綱的な決定で、詳細な内容について何か決められているわけではありませんし、尚且つ、今の段階ではまだ草案であり、最終決定版でもありません。

ちなみに「…制定に関する決定」という法令の名称になっていますが、全人代においてこれが決議されれば、法的には「法律」としての性質になるものと理解されます。

本決定草案の内容

本決定草案の内容原文を直接確認することはできませんが、本説明によれば、本決定草案は全7ヶ条によって構成されており、概要は以下のようです(多少の誤訳はご容赦ください)。

第1条

  • 一国二制度、「香港人による香港の統治」、高度自治方針は堅持し、全面的に的確に徹底すること。
  • 必要な措置により健全な香港の国家安全維持に係る法制度と執行システムを制定し、国家の安全に危害を加える行為と活動を防止、制止、処罰すること。

第2条

いかなる外国、国外勢力の、いかなる方法による香港の事務に対する干渉を反対し、そのために必要な措置をとること。

第3条

  • 国家主権の維持、統一、領土保全は香港の根本的な責任であることを明確にすること。
  • 香港は、香港基本法が規定する国家安全維持に関する立法を速やかに完成させ、香港の行政機関、立法機関、司法機関は関連規定に基づいて、国家の安全に危害を加える行為に対し、有効な防止、制止、処罰をすること。

第4条

  • 香港は、健全な国家の安全を維持する機関及び執行システムを制定すること。
  • 中央人民政府の国家安全に関する機関は、必要に応じて香港において機関を設置し、法により、国家安全に関する職責を履行する。

第5条

香港の行政長官は、香港の国家安全職責の履行、国家安全の推進教育、法による国家の安全に危害を加える行為の禁止等の状況について、定期的に中央人民政府に報告すること。

第6条

全人代常務委員会の立法の持つ根本的意義の明確化、具体的には以下の3つの意味を持つ。

  • 全人代常務委委員会に対し、健全な香港の国家の安全を維持する法制度と執行システムの制定に関する法律の制定を授権し、全人代常務委員会はこれに基づいて立法権を行使する。
  • 全人代常務委委員会の関連法の任務は、香港内におけるいかなる国家分裂、国家政権の転覆、テロ活動の組織・実施等、国家の安全を著しく害する行為の発生及び外国、国外勢力による香港の事務活動への干渉の防止、制止、処罰をすること。
  • 全人代常務委員会の関連法の香港における実施方法は、すなわち全人代常務委員会が当該法律を香港基本法の別紙三に付け加え、香港特別行政区により当地にて公布施行すること。

第7条

本決定は公布日から施行すること。

香港基本法との関係

香港基本法の関連規定

香港がイギリスから中国に返還されるにあたり、香港と中国本土との関係を含む香港特別行政区に関する事項を定めた香港特別行政区基本法が制定されています。上記で言及されている香港基本法とはこれのことを指します。これは1997年7月1日の返還日から施行されていますが、制定自体はその7年以上前の1990年4月の時点でなされています。

香港基本法においては、上記のとおり香港と中国本土との関係が規定されているわけですが、その中でいくつか掻い摘んでみます。

基本法第12条

香港は、高度な自治権を持つ中華人民共和国の地方行政区域一つであり、中央人民政府が直轄する。

基本法第14条

  1. 中央人民政府は香港の防衛事務の管理に責任を負う。
  2. 香港特別行政区政府は、香港の社会治安維持に責任を負う。
  3. 中央人民政府が香港に派遣し、防衛事務の責を負う軍隊は、香港の地方事務に干渉してはならない。
  4. 香港特別行政区政府は、必要に応じて中央人民政府に対して駐在軍に社会治安の維持、災害救助への協力を求めることができる。
  5. (略)

基本法第18条

  1. 香港において施行される法律は、本法及び本法第8条に規定する香港原有の法律及び香港の立法機関において制定される法律である。
  2. 全国性の法律は、本法別紙3に規定されたものを除き、香港においては施行しない。本法別紙3に規定された法律は、香港が当地において公布又は立法のうえ施行する。
  3. 全人代常務委員会は、香港基本法委員会と香港特別行政区政府に意見を聴取した上、本法別紙3の法律について増減することができる。別紙3に掲げられる法律は、国防、外交、その他本法の規定に基づき、香港の自治範囲に含まれない法律に限る。
  4. (略)

基本法第23条

香港は、いかなる国家反逆、国家分裂、反乱の扇動、中央人民政府の転覆、国家機密の盗難を禁止する法律を自ら制定し外国の政治組織又は団体が香港において政治活動を行うことを禁止し、香港の政治組織又は団体が、外国の政治組織又は団体と接触連絡関係を持つことを禁止するものとする。

香港基本法と本決定との関係

上記のとおり基本法第23条は、香港における国家安全維持に関する法制度は香港政府が自ら制定すべきとして、香港政府の責務と位置付けています。これは、本決定草案第4条においても確認されており、この点は香港基本法に沿う内容であるといえます。

また、基本法第18条は、中国政府の定める全国性の法律については、原則として香港では施行しないとしつつ、例外的に別紙3に掲げられた法律(国防、外交、その他本法の規定に基づき、香港の自治範囲に含まれない法律)については香港にも適用可能であり、そのような法律については、香港基本法委員会と香港特別行政区政府に意見を聴取した上で全人代常務委員会がこれを増減することができるとしています。

そのため、全人代常務委員会としては、同委員会の内部組織である香港基本法委員会(香港基本法委員会についてはこちら)と香港政府に意見を聴取さえすれば、理論的には基本法別紙3の内容を改変することができるということになり、少なくとも香港基本法上は、香港の立法機関の関与は必ずしも必要ではないといえます。

本決定草案第6条の3つ目のポイントにて「香港基本法の別紙三に付け加え」とされているのは、基本法第18条の規定を受けた内容といえます。

なお、本決定草案第6条では、外国、国外勢力による香港の事務活動への干渉の防止、制止、処罰も念頭に置いています。香港基本法第23条においては、外国の政治組織又は団体の香港での政治活動、香港の政治組織又は団体と、外国の政治組織又は団体との接触連絡関係を持つことを禁止するにとどめているのをより深化させているといえます。主に欧米諸国が香港情勢をネタとして中国を揺さぶり続けていることに対する反対表明といえるでしょう。

結局何が問題なのか

上記のとおり、本決定草案の内容自体は、香港基本法の内容と齟齬するものではなく、香港政府の意見聴取を行うという手続も問題なく行われれば、それ自体、そしてこれを制定しようとすること自体は、法令上はそこまで問題ではないといえます。

問題点は、基本法別紙3に加えられるのは、あくまで国防、外交、香港自治に関わらない内容に限られているところ、本決定により規制される目下のターゲットと考えられる香港の民主化デモが、本当に、国家分裂、国家政権の転覆、テロ活動の組織・実施等、国家の安全を著しく害する行為として、「国防」に関する事項又は「香港自治にかかわらない」事項と整理して良いのか、という点ではないかと思います。

本決定草案が審議にかけられた背景について、本説明は大まかに、上記のとおり基本法第23条に基づいて、香港政府は国家安全に関する法制度を自ら制定すべきものとされているにもかかわらず、中国への返還後20年以上経った今も、様々な妨害等を受けて制定されていないこと、また、香港における国家安全を維持するための機関設置、リソースの配分、法執行の力量等が明らかに足りておらず、このような状態を放置することにより、国家の安全を損なう各種の活動が益々活発化し、香港の安定、繁栄に対する看過不能なリスクが生じ続けていることを挙げています。

香港デモ隊のやっている暴徒行為はたしかに過激に過ぎ、国家分裂云々ということも理解できる一方、それに至る背景を考えると果たしてそれを国家分裂等を促す行為と言って良いのかという点は、悩ましいところであり、本決定に基づいて立法をすれば、結局、一国二制度自身が持つ矛盾と歪みを解決できないままで終わってしまう可能性が高いのように思われます。

ちなみにですが、現在別紙3に加えられている法律は、今の時点では以下のとおりです。

  1. 中華人民共和国国都、紀年、国家、国旗に関する決議(关于中华人民共和国国都、纪年、国歌、国旗的决议)
  2. 中華人民共和国国慶日に関する決議(关于中华人民共和国国庆日的决议)
  3. 中央人民政府の公布する中華人民共和国国章の命令(中央人民政府公布中华人民共和国国徽的命令
  4. 中華人民共和国政府の領海に関する声明(中华人民共和国政府关于领海的声明)
  5. 中華人民共和国国籍法(中华人民共和国国籍法)
  6. 中華人民共和国外交特権と免除条例(中华人民共和国外交特权与豁免条例)

これを見ると、この別紙3に香港における国家安全関連法令が入ると、何となくですが、既存の6つの法令とは少し毛色が違うかな~という印象はなくはないですね。