中国の法体系その1
中国といえば、中国共産党による一党独裁国家という点はよく知られていると思いますが、その法体系がどのようになっているかを知っている方は意外と少ないのではないかと思います。そこで、今回の記事では中国の法体系がどのようになっているかを掻い摘んで紹介したいと思います。
1 中国の法源の種類
中国における主要な法源は、中国の憲法及び立法法という法律によって、以下のとおり分類されて定められています(括弧内は中国語)。
1-1 憲法
憲法及び立法法上、全ての法律、行政法規、地方性法規、自治条例、単行条例、規則も憲法に抵触してはならないと規定されており(憲法第5条第3項、立法法第87条)、この点から、憲法が中国における最高法規であることが分かります。
憲法の内容はともかく、この点は日本と(というか他の多くの国と)同じです。
1-2 法律
立法法上、全国人民代表大会及び全国人民代表大会常務委員会のみが、国の立法権を行使することができ、法律を定めることができること(立法法第7条)、そして以下の事項については法律のみでしか規定することができないとされています(立法法第8条)。
1 |
国家主権に係る事項 |
2 |
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3 |
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4 |
犯罪及び刑罰 |
5 |
公民の政治的権利の剥奪及び人身の自由の制限に対する強制措置及び処罰 |
6 |
税目の設定、税率の確定及び租税徴収管理等の租税基本制度 |
7 |
非国有財産に対する収用及び強制使用 |
8 |
民事基本制度 |
9 |
基本経済制度並びに財政、税関、金融及び対外貿易の基本制度 |
10 |
訴訟及び仲裁制度 |
11 |
全国人民代表大会及びその常務委員会が必ず法律を制定するべきその他の事項 |
日本の立法機関である国会に相当するのが、憲法上も最高国家権力機関と位置付けられている全国人民代表大会(いわゆる全人代)、及びその常設機関である全人代常務委員会であり、法律の解釈権限については全人代常務委員会に属することとなっています(憲法第57条、立法法第45条)。
これに基づき、法律の規定に更に明確な定義が必要な場合や、法律制定後に生じた状況により、更に明確な法律上の根拠が必要な場合には、全人代常務委員会がその解釈を行うことが可能であるほか、国務院、最高人民法院を含む国家機関や各級の人民代表大会常務委員会も、全人代常務委員会に対して法律上の解釈を要求することができるとされています(立法法第46条)。
日本の最高裁判所にあたる最高人民法院も法律の解釈について全人代常務委員会に対して要求することがされているのですから、この点は、日本の最高裁が法律の最終解釈権限を憲法上保障されていることとは大きく異なり、立法機関が司法機関よりも上位に位置すると捉えることができます(この点において、日本における三権分立とは、そもそも一線を画す国家機関体系になっているといえます)。
もっとも、中国における法律は、制度の大枠のみを定めるにとどまり、細かい内容については行政法規、部門規定に委ねていることが少なくありません。したがって、法律だけでなく、その下位の行政法規等もよくよく調べる必要があることが通常です。
1-3 行政法規
行政法規とは、憲法及び法律に基づいて国務院が制定する法源であり、
について定めることができるとされています(立法法第65条)。
国務院とは、憲法上最高国家権力機関(である全人代+全人代常務委員会)の執行機関とされており(憲法第85条)、日本でいえば内閣に相当する機関といえます。
このような国務院が制定する行政法規は、法律に基づき制定される法源であり、法律と抵触する場合には、法律が優先されることになります(立法法第88条第1項)。
1-4 地方性法規、自治条例・単行条例、規則
1-4-1 地方性法規
地方性法規とは、省、自治区及び直轄市の人民代表大会及びその常務委員会が、当該行政区域の具体的状況及び実際の必要に基づき、憲法、法律及び行政法規と抵触しないことを前提として定める法源であり、
- 法律又は行政法規の規定を執行するため、当該行政区域の実際の状況に応じて具体的規定をする必要のある事項;
- 地方性事務に属し地方性法規を制定する必要のある事項
について定めることができるとされています(立法法第72条第1項、第73条)。
日本でいえば、地方公共団体の定める条例に類似するといえます(但し、中国において地方自治という概念はそもそも存在しないので、条例と同一とはなかなかいえません)。
地方性法規は、上記の定義にあるとおり、憲法、法律及び行政法規と抵触しない範囲で制定される法源ですので、行政法規よりも下位の法源になります(立法法第88条第2項)。
1-4-2 自治条例・単行条例
立法法上、自治条例及び単行条例とは、当該地の民族の政治、経済及び文化の特徴に基づき民族自治地方の人民代表大会が定める法源と定義されています(立法法第75条第1項)。
自治条例と単行条例の区別については、前者が当該地方で実施する区域自治の組織と活動原則、自治機関の構成、職権等の内容に関する総合的な規範をいうのに対し、後者は当地民族的な政治、経済、文化的な特徴に基づき制定される具体的事項に関する規範をいうと理解されています。
制定に際しては、自治区の自治条例及び単行条例については、全国人民代表大会常務委員会に報告して承認を、自治州及び自治県の自治条例及び単行条例については、省、自治区又は直轄市の人民代表大会常務委員会に報告して承認を受けなければ効力が生じないとされています(立法法第75条第1項)。
自治条例及び単行条例については、法律又は行政法規の基本原則に違背してはならず、かつ、憲法及び民族区域自治法の規定その他の関係する法律及び行政法規がもっぱら民族自治地方についてなした規定に対し柔軟な規定をしてはならないという制限があるものの、当該地の民族の特徴により法律及び行政法規の規定について柔軟な規定をすることができるとされています(立法法第75条第2項)。
条例という語が用いられていますが、あくまで民族自治にかかわるものであり、日本でいう条例とは意味合いが大分異なっています。
また、自治条例、単行条例が法に基づいて法律、行政法規、地方性法規に対して柔軟な規定をしている場合には、当該自治地方においては自治条例、単行条例が適用される、とされていることから、上記の場合においては、法律よりも上位の法源として扱われるものといえます(立法法第90条第1項)。
1-4-3 規定
規定は、その制定主体によって、①部門規定と②地方政府規定の二種類に分けられます。
部門規定は国務院の各部、委員会、中国人民銀行及び会計検査署並びに行政管理職能を有する直属機構が定める規定をいい(立法法第80条第1項)、地方政府規定は省、自治区、直轄市及び区を設ける市及び自治州の人民政府が定める規定をいいます(立法法第82条第1項)。
部門規定、地方性規定で定めることが可能な事項はそれぞれ以下のとおりです。
地方政府規定については、地方性法規が地方政府規定に優位する旨が明記されていますので、地方性法規の下位法源になるといえます(立法法第89条第1項)。
部門規定については、地方政府規定との優劣関係はなく、同等の扱いとなっており、また、異なる部門の定めた部門規定同士も相互に優劣関係がなく、同等の扱いです(立法法第91条)。
地方性法規と部門規定との間で同一の事項に関する不一致が生じた場合、国務院が意見を提出するものとされていることからすると、地方性法規と部門規定は対等であるものと理解されます (立法法第95条第2項)。
他方で、上記のとおり地方性法規は地方政府規定に優位するとされている一方、部門規定と地方政府規定は対等となっていますので、同一の事項について地方性法規、地方政府規定、そして部門規定のすべてが制定されている場合の優劣関係については、あまりはっきりしていないように思われます。
2 法源の種類と法源間の優劣関係のまとめ
以上を整理すると、中国における法源の優劣関係は概ね以下のように整理できます。
例として中国の労働契約法関連の法令を法源の種類ごとに並べてみると、以下のようになっています。
法源の種類 |
名称 |
制定機関 |
法律 |
労働契約法(劳动合同法) |
全人代常務委員会 |
行政法規 |
労働契約法実施条例(劳动合同法实施条例) |
国務院 |
部門規定 |
「労働契約法実施条例」の徹底した実行業務に関する通知(关于做好《中华人民共和国劳动合同法实施条例》贯彻落实工作的通知)など |
人力資源社会保障部など |
地方政府規定 |
天津市人力資源・社会保障局の天津市における「労働契約法」若干問題実施細則の徹底した実行に関する通知(天津市人力资源和社会保障局关于印发天津市贯彻落实《劳动合同法》若干问题实施细则的通知)など |
以上、中国における法体系を法源ごとに掻い摘んでご紹介しましたが、中国法に馴染みのない方、日本の法体系や用語に慣れている方からするとなかなか馴染まない部分もあるかもしれません。
他方、中国法について多少触れたことのある方も、今一度本稿で紹介したような法源ごとに制定部門などに注目しながら法令を見てみると、少し違った発見ができるかもしれません。